開催レポート詳細版
1.基調講演
本シンポジウム組織委員会 田中健次委員長(電気通信大学 産学官連携センター 特任教授)より、「運用・保全部門からの情報に基づくサステナビリティの実現―変化に対応するレジリエンス―」と題して基調講演が行われました。想定外事象にも対応し、サステナビリティの実現を目指した信頼性・安全性設計と運用(製造、運用、保全)に着目し、トラブル発生の現状と運用技術者と設計・開発者との情報共有の重要性について、長年のご研究成果とともにご講演いただきました。
経験則を活かした工夫や変更が現場の判断で導入された場合、エビデンスがなく現状把握も十分に行われず、トラブルの予見(予測)も不十分なまま運用されてしまうことがあります。そのため、変化に伴うリスクが潜在することになりますので、これを防ぐためには、運用技術者から設計・開発者へ経験情報をフィードバックし共有することで、設計者に妥当性の確認と設計改善を促すことが重要です。
経験則を過信せず、運用・保全部門から設計へフィードバックを行う仕組み作りと、安心して情報伝達できる心理的安全を確保した仕掛け作りが重要であると提言されました。
2.特別講演
山本圭司氏(トヨタ自動車㈱ Senior Fellow/Chief Information & Security Officer)より、「クルマの多様性と品質について」と題して特別講演が行われました。長年、トヨタ自動車の技術開発部門、特に情報システム部門でご活躍された同氏による、クルマの品質の変化、進化を支える要素、カーボンニュートラルの取り組み、安全への取り組み、さらにはバッテリーEVや先端半導体の動向など多岐に渡るご講演でした。
多様化するクルマの品質や信頼性を高めるために、「モノの品質」に加えて「コトの品質」「安心の品質」の3つの視点が重要であること、それらを支える技術は多岐に渡りますが「電子プラットフォーム」「ソフトウェア」および「半導体」が特に重要であり、これらの開発を進めるために業界を跨がって多方面と協力していきたいという言葉が印象に残りました。
講演終了後、多くの質問が寄せられ皆さんの関心の高さが伺えました。コトの品質確保の方法、安心の品質を高める方法、部品数増大や統合化による安心低下の懸念など、いずれも簡単には答えが出せない質問が多かったのですが、山本氏より各問題に対する考え方について丁寧なご説明をいただきました。
多様化するクルマの品質確保は重要な課題であり、通信やソフトウェア技術とともにエレクトロニクス、特に半導体技術の役割がますます重要になると改めて確認しました。
3.企画セッション(講演・パネル討論)
人材育成、技術伝承におけるデジタル技術の活用
企画セッションの趣旨や目的及びプレゼンターについて、弓削哲史副委員長(防衛大学校)から紹介されたのち、野中帝二氏(トリニティプログラム 代表)、久保祐貴氏(マツダ㈱)の順でご講演いただきました。その後、土井下健次氏(コマツ)にも参加いただき4名によるパネル討論を実施しました。野中氏から「デジタル技術を用いた技術・技能伝承 -暗黙知化した属人作業の伝え方!-」と題して、技術・技能伝承の実態と課題、属人作業を共有知と個人知に分類し、それぞれの技術伝承の進め方の説明がありました。見える化、形式知化、習得、深耕という伝承サイクルにより、伝承を進めるとともに個人の技能の更なる向上を目指す手法は大変興味深いものでした。また、デジタル化に潜む3つのリスクのご説明は参加者が漠然と感じている不安を端的にまとめられ共感できるものでした。
次に、久保氏より「マツダの金型製作部門における技能伝承の取り組み」と題する、デジタル技術を利用した技能伝承の取り組みの紹介がありました。研削作業の量産化という困難な課題に対し、匠の技能の見える化、技能メカニズム解明、技能訓練の定量化というステップは、野中氏の講演内容の具体化されたものであり、参加者にとっても聞きやすい内容でした。技能の数値評価とそれを用いた訓練の定量化は技能伝承に大きな成果を上げており、改めてデジタル技術活用の重要性が認識できました。
終了後のパネル討論では、はじめに、デジタル化によるリスクの1つである組織能力の低減を防止する方法について、職場の協力が重要であり、そのためには熟練者の意識改革と熟練側がメリットになる仕組みづくりが重要とのご意見でした。また久保氏からは対象とする技能を選定し、背景を伝えながら部署全体として取り組むこと、個人知の部分で高いレベルを目指すことが重要との回答でした。また久保氏への、定量化されたデータを用いてどのように訓練しているか?という質問に対し、データを読み解き訓練者をサポートする熟練者の役割が大きいとのご回答は納得できるものでした。さらにデータベース化したノウハウをあるタイミングで見直し陳腐化させない仕組みが重要とのお話もありました。
技術技能伝承はその必要性を感じながらも設計開発の部門では十分に進んでいない現状と思いますが、今後進める上で1つのきっかけとなる聴衆の皆様にも大変有意義な企画でした。
4.チュートリアルセッション
トラブル知らず!品質を生み出す信頼性の技術
スタッフから技術者、マネージャーまで「いまさら聞けない、知っておきたい」「なんとなく知っているけれど正しく知らない」をズバリ解決!
本シンポジウムだから実現できたスペシャルな2講演!
講演1
「品質・信頼性・安全性の確保と未然防止に向けて」と題して鈴木和幸先生にご講演いただきました。品質とはなにかから始まり、品質保証、さらには信頼性、未然防止と信頼性の役割、信頼性をしっかり学習する前に実績を積んでしまった等、信頼性を再学習するにはちょうど良いチュートリアルセッションでした。鈴木先生は、60年余り品質・信頼性に携わってこられた経験から、最新の事故事例も引用され、毎回内容もVersion Upされており、先生の講演は組織委員長時代から数回聞いていますが、何回聞いても勉強になる講演でした。
講演2
横川慎二先生が「信頼性試験と市場信頼性予測のためのワイブル解析」について述べられ、それぞれの課題に対し事例をもってご講演いただきました。質疑応答では、市場不良に対し運用や環境がはっきりしないと予測できないものの、基礎的な統計データを盛り込むことでデータ解析できることを研究されているとのことでした。事例にあったSiC欠陥についてはいろんな欠陥があり、それをスクリーニングすることは困難であるが、現在SiCのデバイスは電気的な特性でなく、欠陥付近のウエハー状態ではじくことができているとのことでした。
時間が短く、まだまだ聞きたいことがあり、次のチュートリアル、あるいは別のセミナーを設けていただきたいと思いました。
5.表彰式
第52回(2023年度)シンポジウムにおける、優秀報文(事例)賞、奨励報文(発表)賞、技術貢献賞、学術貢献賞、フォトコンテストの表彰式が行われました。はじめに、報文小委員会の弓削哲史委員長(防衛大学校)より、表彰制度の目的と各賞の審査結果に関する報告がありました。続いて、組織委員会の田中健次委員長(電気通信大学)から賞状と記念品が授与されました。
今回は、残念ながら優秀報文賞、技術貢献賞、学術貢献賞の受賞者はおりませんでしたが、この表彰制度は報文の質的向上と発表技術の向上に寄与し、参加者の皆様が推薦投票を通じてシンポジウムに積極的に参加することを目指していますので、これからも素晴らしい内容の研究・事例の発表をお待ちしております。
受賞者からは、「受賞がチームのモチベーション向上に繋がり、今後も努力を重ねていく」「発表を通じて他社との技術交流が実現し、有意義な議論が行われた」「受賞内容をさらに磨き上げ、共有していきたい」「発表技術を社会に役立てることができた」といった喜びの声が寄せられました。
また、フォトコンテストでは、「小さな星の地表」と題された、故障解析中に偶然捉えた金属ボールのSEM観察像が受賞しました。
受賞された皆様、心からお祝い申し上げます。
6.研究報文・事例発表
本シンポジウムメインコンテンツの一つである一般発表が行われ、各企業・団体から計26件の発表がありました。多様なテーマの研究成果や事例発表は、いずれも興味深く、質疑応答は盛り上がりを見せ、どの発表も時間いっぱいまで続きました。
【Session1】ヒューマンファクタモデリング
本セッションでは、ヒューマンファクタを考慮したモデリングに関して、2件の発表がありました。1件目は、設備管理にかかる知識の伝承を行うために、オントロジーの考え方に基づいて知識を分解木という構造で体系化する方法論を提案したものでした。ここでいう分解木とは、FTA(Fault Tree Analysis)において構成する木構造に近い物があるように思われましたが、設備が劣化、損耗する不具合を木構造で表現するのみならず、不具合に対して担当者が行うべき保全行為も同様に木構造で構成し、これら両方を組み合わせて一つの木として構成できるようにしている点が特徴的です。この提案手法に基づいて、保全行為の分解木の記述例が示されており、同様の設備保全を行う実務担当者の皆さんにとって参考となる手法であると思いました。
2件目は、太陽光発電に対する消費者の信頼感のモデリングに関する研究でした。信頼感は、主として能力と意図への信頼によって構成されるということは従来様々な研究で指摘されていましたが、根本的な価値観を共有できているかという「主要価値類似性」が信頼感の構成においては実は重要な役割を果たしているということも知られるようになってきました。この研究では、太陽光発電を対象として、主要価値類似性を組み込んだ信頼感のモデル化を行った結果、収益性、デザイン性、安全性に対する認知が大きく寄与することを示されました。太陽光発電は行政の関わる問題ではあるものの、行政への信頼感よりもむしろメーカーの果たす役割が大きく、日本社会において太陽光発電に対する消費者の不安を取り除き信頼を勝ち取るために取り組むべき方向性が明確化されたという印象をもちました。
【Session2】信頼性設計技術
本セッションでは、3件の報告がありました。1件目は、「組立手順書のレイアウト最適化」と題して、ご講演いただきました。今まであまり改善対象に挙げられたことのない組立手順書の最適化に取り組んだことは、一見地味ですが、進め方のプロセスは先進的であり、いろいろな改善に対して模範となる事例でした。会場からは、習熟度の違いによる影響はないか等の質問がありました。
2件目は、「画像測定自動化による解析工数低減」と題してご講演いただきました。工程内では画像測定業務が大きな負荷が生じていることに対して、AIを用いた自動判定を採用することにより、目的を達したと報告されました。そのプロセスの中で具体的に誤りが発生しやすいイメージもわかり、精度を向上したことが大きいと推定しました。
3件目は、「Bayesian Active Learningを用いたリジッドアクスルサスペンションのセットベース設計法」についてご講演いただきました。実験計画法、ポイントベース設計等と比較して、BALを用いたセットベース設計の優位性を判りやすく説明いただきました。今後、このアプローチが広がっていくだろうと思いました。
【Session3】データ利活用による運用支援
本セッションでは、現場で比較的容易に収集可能なデータを有効に活用することで、信頼性、保全性、安全性と関係する問題を解決するための取り組みが紹介されました。1件目は、ショベルカーなどの重機の使用中にツースと呼ばれる部品の脱落や石(転石)のような障害物を、AIによる画像解析を用いて検知あるいは回避するためのシステムを構築した事例報告でした。鉱山や建設現場特有の特徴を考慮した提案であったため、現象を観察することの重要性を改めて認識しました。
2件目は、ひずみゲージと呼ばれる測定器具を線路に設置することで、列車の位置を検知するための工夫をご紹介いただきました。ひずみゲージはこれまでも使用していた器具ですが、これらの設置方法などを少し工夫することで問題を解決していたため、当然と考えていた事柄を改めて見直すことが如何に重要であるかを痛感しました。いずれも現場での適用例を含んでおり、提案を実現することによる具体的な効果を定量的に示されていたため、分野外であっても分かりやすい発表でした。
いずれも費用面に言及していたため、特に実務家にとっては有意義な発表だったのではないでしょうか。
【Session4】データ利活用による不具合予測
本セッションでは、不具合・異常の予測をさまざまなアプローチで行った発表があり、聴講者にとって非常に参考になるものでした。1件目は、砥石寿命予測方法の確立に向けて特徴量を検討し、重要因子の選定、回帰モデルの作成を、機械学習を駆使して実施したという発表でした。機械学習の結果についてメカニズムの解析まで行われています。質疑では、学習データ、テストデータについての確認や欠損データがある場合の対応について討議されました。
2件目は、新しいツールを活用して航空機の不具合(振動)の兆候を把握したという発表でした。解析ツールは、異常あり、無しがグラフで可視化できています。質疑では、今後のデータは各エアラインと機体メーカーで共有されることの確認等がされました。
3件目は、MT法を改良した異常診断方法(IHI-MT法)の確からしさをオープンデータで確認したという発表でした。結果として、適正な制御量を提案でき、稼働効率アップが見込まれました。質疑では、データの数、特徴量の数についての確認等について討議されました。
【Session5】加速試験手法
1件目はHALT試験の事例紹介であり、試験条件の検討、環境構築、解析結果までの事例を紹介いただいた貴重な発表でした。試験結果においてリレー素子の誤動作が報告され、その対策と誤動作に至るメカニズムの説明は非常に明瞭でした。全体的なフローでみたときに、懸念事項の洗い出しがキーポイントであり、異常発生時に対策を見つけ出しフィードバックするPDCAは、加速試験手法の考え方として非常に重要であると感じました。最終的に「今回の開発品コントローラーにおいて堅牢性に問題はなく、再設計不要と判断した。」その十分なエビデンスになっているものと考えます。HALT試験のよき参考になって欲しいと切に思いました。2件目は、有限要素法解析を用いた基板上の部品の故障危険性を判定できる耐振性評価手法の検討についての発表でした。S-Nカーブを用いた判定をおこなっており、部品を危険、注意、安全の3つのカテゴリに分類できる手法が興味深いと感じました。危険部品については解析結果を元に改善する、注意部品についてはS-Nカーブを再検討する等、地道な改善を継続することをQ&Aにてご説明いただきました。またボール断面等の解析写真が、どれも非常にきれいな面出しであり、発表者自ら対応しているとのことで、社内においてマルチスキル化が推進されていると感じました。非常によい発表でした。
3件目は、ロータのマグネット接着における新規の接着構造における強度評価方法の見直しについての報告でした。従来の評価方法は実ロータを用いた評価であり、実製品の環境に近い評価ですが、温度測定ができない、高速回転になるほど振動が大きくなる、非効率、破断状態を確認できない、と4つの課題を提起されました。新規の引張り試験を用いた強度評価により、その改善ポイントをご発表いただきました。接着強度のばらつきが多い問題点も紹介されましたが、対策を講じることで有効な評価手法になるものと考えます。一時の気づき等でひらめいた評価手法ではなく、全体感を共有する中で生まれた手法であり、それを実行することはエンジニアとして非常に重要なスキルであると感じました。
【Session6】信頼性技術の応用展開
「信頼性技術の応用展開」と題した本セッションの1件目は、近年の2Dおよび2.5D高密度実装においても重要技術であるアンダーフィルの充填・密着に関するものでした。発表では、汚染などによる表面課題をプラズマ改質で解決する方法と充填プロセスに適した新しい測定方法について報告されました。改質効果をより短時間かつ、製造プロセスと整合性の高い新しい測定方法は実製品の実力の予測精度を向上にも寄与し、確かな有効性確認を得ることができるものと感じました。この技術を実製品へ活かす際の問題点に関する質問も多く、聴講者の関心の高さが伺えました。2件目の報告は、インクジェット描画装置を半導体など多様な製品に応用展開にするための高精細化・安定化技術についての報告でした。この研究報告で特に注目すべき点は、インクジェット描画の高精細化と安定化技術に関する知見はもちろん、実験計画プロセスも詳しく説明された点ではないでしょうか。実験計画で各要因の水準を均等に組み合わせ、効果を正確に判断するためのパラメータ設計プロセスは、インクジェット描画装置技術者以外にも実験計画の重要性や要因の影響を理解するための学びを得る機会としても非常に有益と感じました。
【Session7】信頼性安全性試験の検証
本セッションでは、製品の安全性リスクを低減する試験方法1件と温度ストレスに対する劣化や余寿命の推定方法とその試験方法2件の発表となりました。いずれも市場環境における試験適正化に繋がる実用性の高い発表でした。1件目は、リチウムイオンバッテリーの発火リスクを検証する試験に関する発表でした。これは通常行うPSE(電気安全法)で定められた適合性試験とは異なる釘刺し試験、加熱限界試験、0V充電禁止保護により発火リスクを低減できることを検証し、バッテリーの構成材料により実力値が異なることも併せて示されました。
2件目は、はんだ接合部の市場環境下での熱疲労を4つの温度パラメータを使って推定し、冷熱サイクル試験における判定基準算出手法に活用する発表でした。クラック発生前の疲労損傷をEBSD解析のGROD指標を採用していることが特徴であり、また最も難しい車内温度の推定に気象データを使った日射量から算出していることもユニークな点であり既に実用化されていることが示されました。
3件目は、パワー半導体の熱伝導経路を示す構造関数を活用したパワーサイクル寿命と実機耐久品の余寿命を予測する方法に関する発表でした。ダイオードの過渡熱解析により、市場での劣化を内部の熱抵抗変化を測ることで構造関数の変化として捉えることにより定量化できることが示されました。
【Session8】データ利活用と保全
本セッションでは、「データ利活用と保全」というテーマのもと、航空機の予知保全、電力網のレジリエンス解析、システム保全理論に関する研究発表と議論が行われました。まず、航空機の劣化予測に関する研究では、機械学習モデルを用いた予知保全の事例が紹介されました。実際のフライトデータを用いたこの研究は、他のシステムにも応用可能な貴重な成果を示しました。
次に、電力インフラのレジリエンス評価では、ネットワーク解析の手法が使われました。これは、大規模災害などの社会的に重大な影響を及ぼす事象に対して、インフラの耐久性を定量的に評価し、復旧方法を検討するのに役立つものです。
また、システム保全理論に関する発表では、従来考慮されていなかったビジネス上の視点、特に延長保証など最近注目されている新たなサービスへのアプローチなどが話題にあがりました。これらは、今後の理論体系化に向けた新たな議論を促すものでした。
いずれの発表も、最新の理論を保全性の分野に導入し、その有効性を検証するものであり、活発な議論が交わされました。これらの議論を継続することで、研究、開発、そして社会実装を伴った保全分野の進展が期待されます。
【Session9】データ利活用と評価
2件ともデータを有効に活用するための統計学に基づいた方法論に関する発表でした。1件目は、信頼性評価に必要なサンプルサイズを決定するための新たな提案を数理的な面を中心に紹介した内容で、提案した方法の有効性について活発な議論がありました。実際の問題に適用したわけではないことに加え、現場で使用されている手法や既存の理論との関係に言及していなかったため、提案の意義や有効性を評価することが難しいと感じました。しかし、今回の議論を通して多くの知見が得られたことと推察されますので、次の機会に続報を発表いただけることを期待しています。
2件目は、ベイズ推定における事前分布の決定のためにFMEAを活用する方法が紹介されました。提案方法を実際に使用するためには、故障データを採取する対象そのものに関する十分な知識、ベイズ統計の理解、数値計算の技術、そしてFMEAをしっかり使いこなせることが必要であるという説明がありました。これらを全て備えるのは実務家にとっては少々厳しく、提案方法を現場で使用するにはまだハードルが高いという印象を持ちました。しかし、本セッションで取り上げた基礎数理を確立することが現場での具体的な問題解決方法の構築に繋がるはずですので、その意味ではいずれも貴重な発表と言えるでしょう。
【Session10】安全な組織文化の形成
1件目は、JR福知山線脱線事故についてオペレーターを外部との相互作用があるシステムとしてモデル化し、事故の原因を再検討された発表でした。組織のマネジメントスタイルをトップダウン型、ボトムアップ型、ミドルダウン型の3つに分類し、外部環境変化がある場合は、ミドル・アップダウン型が有効であることが示されました。共有プロセスがあることが重要で、その共有の頻度が低いと効果が薄いとの説明でした。2件目は、組織の安全文化醸成に向けた取り組みの紹介でした。全メンバー、全組織でのリスク管理の徹底には、気づいたことを発信しやすい社風の熟成が重要であり、その取り組みの1つとして、発信された情報1件1件というより、発信された情報全体で優先度をつけて、どれだけ対応できているか示すことで、メンバーへのResponseを行っていることの説明が印象に残りました。
3件目は、事故・トラブルを防止するために様々な観点から有意義な提言が行われました。組織文化の3つのレベル(目に見える組織構造、行動規範、行動実態)が紹介され、行動規範と行動実態の乖離の影響が大きく、これを解消することが重要であることを具体的な事故例をもとに示されました。乖離を解消するためにはグループ討議を全社業務に展開すること、その際に相手に対する思いやりを持った対応(3つの基本姿勢と7つの視点)が重要であるとの説明が印象に残りました。また想定外・3Hの危険性の説明は説得力があるものでした。
7.ネットワーキング
昨年から実施しているネットワーキングは、発表者と司会者・組織委員との交流会です。今年も1日目、2日目の講演終了後に行いました。両日とも各所で名刺交換や発表内容について話し合う姿が見られ、大いに盛り上がりました。
8.最後に
今年度のシンポジウムは「デジタル変革時代と信頼性・保全性・安全性」とのテーマのもと、2日間にわたり多様なセッションを開催しました。特別講演はクルマの多様性についての講演でしたが、社会の多様化に伴い信頼性・保全性・安全性も多様化していることを実感しました。また、これからの信頼性・保全性・安全性技術が果たすべき役割を再確認できたシンポジウムでした。ご参加いただいた皆様、ご講演・ご発表いただいた皆様、改めてお礼申し上げます。異業種の課題・問題点とその対策に関する発表を聞くことは皆様の業務遂行にも何らかのヒントを与えてくれるものと信じています。皆様にとって、本シンポジウムが有意義な場となっていましたら幸いです。また、レポート執筆をご協力いただきましたセッション司会の皆様、ありがとうございました。
報告・まとめ:
弓削 哲史(防衛大学校)
RMSシンポジウム組織委員会副委員長
信頼性・保全性・安全性の技術を高めるために邁進、活躍されている皆様の工夫や成果を是非ご投稿ください。
お問い合わせ先:信頼性・保全性・安全性(RMS)シンポジウム担当
TEL:03-5378-9850 E-mail:rms-sympo@juse.or.jp年度別アーカイブ・開催レポート
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