クオリティフォーラム2024 登壇者インタビュー

デジタルトランスフォーメーション(DX)による新しい価値創造

「DMG森精機のサステナブルな社会を実現する
MX(マシニング・トランスフォーメーション)(仮称)

DMG森精機株式会社
専務執行役員 製造・生産技術担当
兼伊賀事業所長 兼TQM担当
下川 勝久 氏 に聞く

聞き手:藤元 正(フリージャーナリスト)
石井 遼介 氏
下川 勝久 氏
DMG森精機株式会社
専務執行役員 製造・生産技術担当
兼伊賀事業所長 兼TQM担当
1981年日本電装株式会社(現(株)デンソー)入社。
生産技術、熱機器事業、パワトレイン事業などを担当し、専務役員に就任。
2023年DMG森精機株式会社に入社。生産・生産技術・TQM担当。

1. 工程集約・自動化・DXを活用

――まず、DMG森精機が提唱するMX(マシニング・トランスフォーメーション)という概念について説明をお願いします。
下川:端的に言って、MXのコンセプトは工場での工程集約、自動化、DX(デジタル・トランスフォーメーション)によってGX(グリーン・トランスフォーメーション)を実現することです。GXというと省エネに的を絞っているように聞こえますが、エネルギーも含め人、資源、面積、リードタイム全ての面でリーン(無駄のない)かつクリーンな工場をMXでは目指しています。ではなぜGXのために工程集約や自動化、DXが必要なのか。工程を集約して生産ラインを短くすると、リソースが最小化できます。また工程が長いと生産品目の変更など変化への対応が大変になりますから、工程は短い方がいい。さらに自動化によって人手に過度に頼らない生産ができるようになりますし、DXを活用すれば、こうした工程集約と自動化を素早く現場に実装できるようになります。

2.「人しかやれないことを人がやる」

――これまでも工場現場の自動化、合理化への取り組みは継続的に行われてきました。改めてMXと銘打って強調する意義はどういうところにありますか。
下川:2年前にMXを提唱するに至った背景はいくつかありますが、やはり循環型低炭素社会の実現、高齢化および労働人口の減少、もう一つはZ世代(1990年代半ばから2010年前半に生まれた若者世代)の人たち中心の世の中に今後なっていくという点が大きい。それに加えて未来がこれまで以上に予測困難になってきたことですね。新型コロナのパンデミックが起こり、現在も世界各地で戦争が行われ、日本では特に地震をはじめとした自然災害の脅威もある。米中対立などによるブロック経済化も想定しながら、経済活動や企業経営を続けなければなりません。

それに対し、日本の工場ではまだまだ古い設備を使い続けているケースが多い。古い設備を使いこなしつつ技能レベルの高い熟練者が高品質のモノづくりを実現していることが、製造業の実力の高さを表している、という主張もありますが、そうしたやり方は本当にサステナブルでしょうか。人が全く関わらない製造現場というのは現実的に難しいとは思いますが、自動化によって過度に人手に頼らない生産をできるようにすることも重要です。「人がやれることは人がやる」という現状から、「人しかやれないことを人がやる」というように変革を目的とした自動化がカギになります。

私自身、デンソーで長い間、自動車関連の生産に携わってきましたが、需要がピークのときに一番高い効率の生産ラインを導入してきたのが過去のクルマ産業の量産工場でした。それに対して、将来が予測困難な現代においては、さまざまな変動に柔軟に対応できる生産システムが求められるようになっています。資源やエネルギーも同様で、以前は資源やエネルギーが無限にあることを前提としたモノづくりや工程設計がなされていました。つまり、これまでは未来を想定しながらも、変われないことが問題だったのだと思います。サステナビリティに乏しい現状を打破し、来たるべき将来を見据えてモノづくりに変革を起こす――それがMXで目指していることです。

3.Z世代にも配慮

――Z世代の話が出てきましたが、やはり若者世代により配慮した工場の生産体制、労働環境を考えないといけない時代になっているということですね。
下川:Z世代は絶対考えに入れておかないといけないですね。我々とは価値観が全く違いますし。中小企業の経営者と話したときなど、夜間勤務があると若い人は来てくれないと嘆いていました。もしかすると10年、20年後には人が従事する形での夜勤はなくなっているかもしれません。そうなると昼間は人しかやれない仕事に集中して、夜間の8時間とか10時間は加工設備を無人で動かす取り組みがより広がっていくものと思われます。また、Z世代は入社してからも、自分が本当にここで成長できるのか、ということを常々考えていると言われています。若い世代の人が働きやすく、成長できると実感できるような工場や会社にしていかないと、サステナビリティの実現は難しいでしょう。
――MXの柱の一つでもある工程集約については、他の工作機械メーカーも1台の機械でさまざまな加工ができる複合加工機を相次ぎ開発するなど、取り組みを積極化させていますね。
下川:工程集約がどういうことか説明しますと、例えばこうした部品(円筒表面の円周上に深い溝があり、同じ回転軸上にヘリカルギアがついた金属部品)では従来、工程を分割して3種類の部品を作り、それらを結合させて完成品にしていました。つまり、それぞれの部品を旋盤や歯車加工機、マシニングセンター(MC)、研削盤を使って仕上げ、これら3個のパーツを計測し、最終的に焼きばめ(加熱膨張を利用して軸と穴とをはめ合わせ結合させる手法)で一体化することで製品にしていたわけです。それが複合加工機による工程集約だと、1台の加工機で1個の金属素材から完成品まで段取り替えなしで連続加工が行えます。

工程集約の利点としては五つあり、先ほど話したように工程が短く、変更や自動化が容易だということ。専用機も不要になります。専用機は対象となる特定の部品を作るには効率が良いのですが、違う部品の加工には向きません。それから工程が短いため、機械1台ですと中間仕掛かり品の在庫をゼロにでき、資源の効率化という意味でも効果があります。設置面積の最小化という点では、特に中小企業の顧客で工場の新設がなかなか難しい場合、現状の工場の小さなスペースを使って高付加価値の仕事を始められます。五つ目として、1台の機械で対象となる加工物(ワーク)をワンチャッキング、つまり掴み替えをしないで加工できるため、取り付け誤差を最小限にできます。

4.内製ボールねじで5工程→1工程

――次に自動化については、どういう取り組みをしていますか。
下川:実は工場では人に頼っている作業が結構あります。大きくは2種類で、一つはワークを機械に脱着したり、パレットに載せられた製品を運んだりする作業。もう一つがツール(工具)です。こうしたワーク脱着、パレット運搬、ツール脱着の自動化が重要なポイントであり、そのための自動化装置も用意しています。

これ以外に加工3悪とも言われますけども、切りくず(チップ)やスラッジ、切削油のミストが原因で加工が止まってしまう場合があります。そのため我々としてはAI(人工知能)を使ってチップを除去したり、クーラント(切削液)に混ざったスラッジを高効率に回収したり、機内で微細な切削油の粒子をHEPAフィルターで捕集したり、といった付帯的な技術を開発し、顧客に提供しています。そしてこれらを支えるのがDXであり、設備の導入検討段階から、実際に購入いただいて活用される期間全体をデジタルでサポートするという考え方を取っています。社内の実績では、工作機械で最も重要な部品の一種であるボールねじについて、今まで5工程に分割して内製していたのを5軸複合加工機の「NTX2500」1台で加工し、GXでの人、資源、エネルギー、工場面積、時間について非常に大きな効果を挙げています。工程集約すると自動化もやりやすくなりますので、AMR(自律移動ロボット)が工程間を移動しながらワークを脱着してストッカーまで持っていく仕組みを夜間の無人運転に適用すべく、まさに今トライしているところです。

5.世界 500万台の設備が工程集約で100万台に

――MX自体はDMG森精機による造語なわけですが、MXを工作機械業界全体に広げていこう、業界を挙げてMXを盛り上げようといった意図はありますか。
下川:現在のような変化の時代においては工程集約が共通のキーワードになっているので、MXという言葉を使うかどうかは別にしても、そうした対応を進める必要性に迫られています。ただ、我々だけでやれるかというとそれは難しい。当社の森雅彦社長がよく言っているのは世界中で今500万台の工作機械が稼働していて、工程集約により5台の工作機械が1台に代替されると100万台の新規需要がある。とはいえ我々の年間生産台数は1万台ほどなので、DMG森精機だけでやろうとしても単純計算で100年もかかり、現実的ではありません。むしろユーザー側のサステナビリティやDXを実現するためには、競合他社も含めて500万台を早く100万台に置き換えるべく、工程集約に積極的に取り組む考えが工作機械業界で今後より深まっていくのではと見ています。
――MXという言葉の普及はともかく、今年11月に開催される「第32回日本国際工作機械見本市(JIMTOF2024)」でも、MXの中核である工程集約や自動化を前面に出した工作機械が多数出展される見通しです。
下川:DMG森精機は世界における工作機械のトップランナーですし、他社が追随して同じような戦略を取ってくることは過去にもありました。MXでもおそらくそういう流れになると思います。

6.デジタルツインでテストカット時間短縮

――DX関連ではどういった製品、サービスがありますか。
下川:DXの構成要素としてはまず「CELOS DYNAMICpost」(セロスダイナミックポスト)があります。CADで製品設計をした後、その形状データに基づいて工作機械が加工できるよう、CAMでプログラミングを行い、使用する工作機械に適合するようにポストプロセッサでNC プログラムに変換する必要があります。現在は5軸加工機や複合加工機でのプログラミングおよびNCプログラムへの変換の部分が非常に複雑になっていますので、人間ではなかなか対応が難しい。そうした作業を自動化できるソフトウェアツールとして提供しています。「デジタルツインテストカット」は、過去から蓄積している我々のノウハウを整理した上で、バーチャルテストカットが行えます。こういう形状でこういう条件であればこれくらいの時間・精度で加工できる、というシミュレーションが行え、実際のテストカットにおけるトライアンドエラーの時間を短縮できます。

さらに「TULIP(チューリップ)」は現場で使う工程改善ツールで、さまざまな品質チェックや作業手順書などの作業をデジタル化できます。これ以外にも、機械の稼働状況をリアルタイムでモニタリングする「DMG MORI Messenger」、アフターセールスやアフターサービスの窓口となるデジタルプラットフォームの「my DMG MORI」といった仕組みを用意しています。my DMG MORIを使って「そろそろこの部品は交換時期ですよ」といったお知らせもしています。そして、これら全体をつないでいるのが「DMG MORI GATEWAY」と名付けた工場内のネットワーク構築・接続サービスです。工場内の工作機械と周辺機器を安全かつ簡単・迅速にネットワークに接続し、DMG森精機の社内でも活用しているほか、セキュアなクラウドを介して顧客と我々とで情報を共有しながら、顧客への提案や課題解決に役立てています。もちろんオンラインでは対応できないトラブルもありますので、グローバルで2200名いるサービス要員が何かあればすぐに顧客のもとに駆けつけ、設備の稼働を極力停止せずに迅速に復旧するサービスを提供しています。

7.子会社が予兆保全サービスを提供

――これまでの自動化といいますと、製造業では生産性や精度、コストに重点に置いて投資してきたかと思います。ただ市場やサプライチェーンを含め、変化が大きい状況になっていますので、変動にどれだけ素早く対応できるかという意味でも、デジタル技術による生産支援やサポートの仕組みは大きな強みになるのではと感じました。
下川:やはり変化への対応がしやすいということと、工作機械は高価な設備ですから、導入していかにライフサイクルでの稼働率を高く、価値を生み出し続けられるかがポイントになります。生産工程にとどまらずアフターサービスでも我々のデジタル技術を活用してもらっています。2022年4月には製造業のDX推進のためのソフトウェアサービスを開発・提供する新会社として株式会社WALC(ウォルク)を東京都渋谷区に設立しました。ここでは「WALC CARE(ウォルクケア)」という工作機械の予兆保全サービスを手がけ、購入していただいた工作機械の主軸の振動などのデータを全て事前に収集しておきます。顧客が設備を使っている間に主軸の状態が少しずつ変化していきますので、そこから故障の兆候をとらえ、早めに部品の交換を顧客に知らせる取り組みを行っています。このようにすることで、ボールねじのように大掛かりな部品交換が必要になる前に計画的に保全を行うことができ、結果的に稼働率を高めることが可能です。
――先ほどの森社長のお話では、MXでの工程集約により現在の500万台の工作機械が100万台に代替されるということでした。ユーザー側でMXのメリットを享受するにはハードウェアの新規導入が前提となるのでしょうか。
下川:工程集約による利点ということだと、設備の新規導入が前提になります。そうした中でも、DXやWALC CARE、DMGMORIメッセンジャーあるいはTULIPといったツールは、既存のラインに後付けで導入し、工場の稼働率アップにつなげることができます。

8.金属AMで別次元の工程集約へ

――工程集約では切削加工が中心になると思いますが、MXとしてはDMG森精機が率先して開発を進める金属のアディティブマニュファクチャリング(AM=積層造形)や、計測なども含めた形での自動化、工程集約、効率化になりますか。
下川:その通りです。今までは分割された工程の間で計測をしていたわけですが、工程が集約されるとワンチャッキングで1台の加工機の中で部品が完成するため、我々も工作機械内部で計測を行う機内計測の開発にかなり力を入れています。また金属AMについては、最先端を行く工程集約と捉えています。切削という引き算だけではなく、積層造形という足し算もできるため、それら全てが1台の機械で対応可能になれば、今までとは別次元の工程集約につながるからです。
――日本での金属AMの普及は欧米や中国に比べて遅れていると言われています。どこにその要因があると見ていますか。
下川:やはりコスト面が大きい。量産品にAMを使うようなやり方はまだまだコスト的に合わないですから。我々もAM事業でのスタートは航空宇宙関係でした。試作の延長線上のような、新たな付加価値が期待できそうな分野から使われ始めました。それが最近は国内でも金型の修復などにAMが頻繁に使われるようになってきています。というのも、金型は寿命が来ると、すり減ったり傷になったりした部分を削り、溶接で肉盛りして再び削って形を整える、という補修作業を人手で行っていたからです。問題は補修した人によるばらつきが大きいため、直した後の個々の金型の寿命もばらついてしまうこと。それに対して、金属AMと切削加工の機能を搭載したハイブリッドタイプの複合加工機であれば、金型表面を削って盛ってまた削って、という修復作業を自動化できますので、金型への活用場面が増えてきているのです。金型を長く使うことで資源の有効活用にもなりますし、金型の専業メーカーはもちろん、大企業の金型部門での利用も増えています。そうした意味で、高付加価値産業から一般産業界にAM技術が落ちてきた、と言える状況になってきたと思います。

9.メッキを代替するAM表面処理

――AMの特徴の一つは5軸加工機でも難しいような、入り組んだ立体形状を自在に造形できる点にあります。ユーザーの間で複雑形状の加工などに使うような事例は出てきていますか。
下川:今言われたのはAMのSLM(選択的レーザー溶融法)の中でも、金属粉の層にレーザーを照射して複雑な形状を一層ずつ作り上げ、その上に再び粉を敷いて造形するPBF(パウダーベッド)方式というタイプですね。その一番のネックは造形に時間がかかること。さまざまな形状が作れるのですが、スピードが遅く高速化が課題となっています。そこでDMG森精機では造形作業を高速化したクアッドレーザーの金属AM装置を開発し、近く発売する予定でいます。一般的なAM装置の造形速度が1時間に100CC程度なのに対し、四つのレーザー発振器から照射されるレーザー光を組み合わせ、高い効率で造形作業が行えます。今までのAMはどちらかというと試作やプロトタイピングといった一品もの、付加価値の高い製品領域にしか広がっていませんでした。それが、金型を使わずにAMで積層して最終製品を作ることができるくらいの生産性に、今ちょうどなりかけている局面ではないかと思っています。

さらにPBFではないAMの方式としてDED(指向性エネルギー堆積)があります。ノズルから金属粉とレーザー光を一緒に出しながら、例えばシャフト状のものに金属を盛っていくことができる技術です。AMと切削のハイブリッド加工機による金型の修復はもちろん、用途として最近多くなっているのがメッキの代替。ハードクロムメッキの代わりにDEDで硬い粒子を金属表面に形成し、最後は切削で仕上げを行います。我々の工作機械のパーツにもそうした部材が実際に使われていますし、今後の環境規制でメッキが使えなくなったときの代替として、活用が広がっていくと見ています。
――メッキ事業者にとっては困った事態かもしれませんが、環境対応や工程集約という意味では非常に面白い技術ですね。
下川:内部は柔らかく少しクッション性を持たせて表面だけ硬くするとか、そういうこともできますし、銅と炭素鋼を組み合わせて放熱性が必要なところは銅で作ったり、あるいは表面の硬い部分だけステンレスでコーティングしたり。AMを使うことで部位によって材料の組み合わせが自由にできるようになります。こうした点からAMの活用がもっともっと広がり、近い将来、量産分野でも使われるようになるのではと期待しています。