クオリティフォーラム2024 登壇者インタビュー

「調査を活用すれば必ず良くなる

「第12回企業の品質経営度調査」

国立大学法人電気通信大学 名誉教授
「企業の品質経営度調査」企画委員会委員長の
鈴木 和幸 氏 に聞く

聞き手:井上 邦彦(ライター)
鈴木 和幸 氏
鈴木 和幸 氏
国立大学法人電気通信大学 名誉教授
「企業の品質経営度調査」企画委員会委員長
東京工業大で工学博士の学位取得。その後、東海大学理学部・助教授、電気通信大学・助教授などを経て、同大学・教授に。現在は同大学院・情報学専攻の特任教授も務める。2014年度、デミング賞本賞受賞。日本品質管理学会会長、日本信頼性学会会長などを歴任し、現在はデミング賞委員会委員等も担当。『信頼性・安全性の確保と未然防止』『未然防止の原理とそのシステム』などの他、著書・共著の書籍は多数。

1. 「企業の品質経営度調査」とは

――まずは、2004年から始まった「企業の品質経営度調査」について、概要を教えてください。
鈴木:これは企業における品質経営の推進をはかるだけでなく、産業界に対して「品質」の重要性の再認識をうながすことなどを目的として、日科技連と日本経済新聞社が共同で始めたものです。ご回答をいただく企業を増やすため、日本経済新聞社、日本商工会議所、東京商工会議所のご協力により、後援していただいています。今回は国内の製造業、情報システム、建設企業など約650社に向けて、TQMや品質経営の取り組みに関する質問票を送らせていただきました。
――かなり大掛かりな調査ですね。
鈴木:この調査の一番の特長は何かと言えば、自己評価をできることです。そこをぜひとも強調したい、と考えています。あえていえば何も問題のない企業や組織はあり得ないと思います。まずはそこを認識することが大前提。そして問題があること自体を悪いことであると捉えるのではなく、問題に気づかないこと、気づいても放っておくことが問題なのだと意識してもらいたいわけです。そういう考え方のもとで、この調査によって自社の問題点や課題を見つけ出していただき、自らPDCAを回してもらう。また、ご報告する他者の調査結果も参考にしていただき、品質経営の向上を目指していただきたい。それが日本全体に広がって欲しい、という思いでこれまで取り組んで参りました。
――企業の経営環境も年々厳しさを増しており、経営の舵取りも難しくなっているようですが。
鈴木:たしかにコロナ禍があったり、ロシアのウクライナ侵攻などを背景として原油価格が急上昇し、そこからさまざまな資材が高騰するといった問題などもあって、大変と思います。しかし、例えば上昇したコストを価格転嫁によって対応するといった短期的な経営政策だけでは、企業の競争力が向上することはありません、たとえ高価格でも顧客が喜んで購入してくださるような、ハイグレードな価値を提供していく。そのような製品やサービスを継続的に創出する組織能力の獲得が、やはり大切なのではないでしょうか。さらにはこれに基づく顧客価値の創造こそが、企業の長期成長の決め手となっていくはずです。
今回の「企業の品質経営度調査」では各企業の品質経営のレベルを、自己評価が可能な体系的調査項目とベンチマーク・データの提供によって、自社の課題と問題点を見つけ出していただくことができます。そのうえで我々としては、各社の品質経営がうまく行われているかを総点検し、他者の調査結果も参考にして自らPDCAを回していただきたい。そういう取り組みが広がることによって、日本企業全体の品質経営の向上につながっていくと確信しているわけです。

2.「品質経営」をどう考えるか

――品質経営という言葉はとてもシンプルで、一見すると分かりやすいように思えます。でも、その捉え方がどこまで正しく共有化され、浸透しているのかとなると、少し心もとない気もします。鈴木先生が考える品質経営とは?
鈴木:製品やサービスに対して、顧客一人ひとりの期待に応える高品質な価値を盛り込む新たな経営。それを私たちは「品質経営」と呼んでいます。
ここで私が今の企業経営者の方々に分かっていただきたいのは、品質とは何かということです。品質については「顧客と社会の満足」であるとよくいわれますが、製品・サービスのモノやコトという機能の提供の良し悪しだけではありません。さらには、「人と社会の心を動かすこと」。こちらのほうが大事であり、心を動かすことが人と社会の満足につながっていくのだと、私は考えています。
――「心を動かす」ですか。
鈴木:たとえば取引先から、「自社にはなくてはならない」と思ってもらえる。あるいは、この会社には何かをしてあげたい、助けてあげたいと思ってもらえる。そのような気持ちを獲得するには、ただ単に機能を提供するだけではなく、心を動かすことが必要だということです。従業員から見ても、顧客の心を動かすことができていれば、自分たちの満足につながるはずです。ただ給与をもらうために働いているわけではないとも思います。
売上や利益などというのは結果であって、やはり大事なのは人と社会の心を動かせるかどうか。この点が、私としてはとくにお伝えしたいところです。
――鈴木先生がこれまで長年にわたって研究されてきた信頼性工学とも、密接に結び付きそうです。
鈴木:我々としては品質保証を広義に捉える必要があると考えております。それは“三確”、つまり、顧客・社会的ニーズを確保・確認・確証するための体系的な活動ということです。そして、これを効果的、かつ効率的に達成していく経営組織や仕組みと科学的な管理体系が品質管理であり、信頼性工学でもあると考えています。
――2019年12月に発信された『令和大磯宣言』も、見逃せないポイントではないでしょうか。
鈴木:その通りです。この令和大磯宣言では顧客価値創造と組織能力獲得・向上を品質経営の二大要素とし、企業存在価値の最大化をはかっていくと、謳っています。そして私がとくに指摘したいのは、価値を創り出すプロセスについてです。従来はお客様全体の総意を俯瞰して品質の基準を定義していたわけですが、いま求められているのはお客様一人ひとりのニーズをつぶさに知って、三者三様に期待される品質を実現していくこと。顧客価値創造――つまり顧客が製品やサービスの利用で価値を創り出すプロセスまでも、企業が何らかの責任を負うということです。いわゆる市場投入後の保証が一番大事であり、それをいっそう明確にしてもらったのが令和大磯宣言であったように、私は位置づけています。

3.クレームコスト

――「企業の品質経営度調査」では20年前の第1回から鈴木先生は委員として関わり、2016年の第9回以降は企画委員会の委員長をずっと務められてきたわけですね。
鈴木:20年間ですから、本当に長くやってまいりました。とても意義のある調査なので、そこに関わることができたのは、光栄なことだと思っています。
――長く続けてこられたなかで、印象に残るご経験や気づきもいろいろとあったのでは。
鈴木:大きな発見だと思えたことに、Warranty Costsの推移があります。これは、いわゆるクレームコスト。市場に提供された製品・サービスのクレームにかかったコストを、総売上に占める割合で表します。分かりやすくいえば、保証期間のなかで起きた顧客からのクレームに対して行う、企業側の無償修理や部品交換等の費用集計です。
アメリカでは、これについて市場調査をしている専門の企業があります。そこで品質経営度調査が始まった年の翌年にあたる2005年のデータを見ると、たとえば大手自動車メーカーのGMの場合、クレームコストは日本円に換算して約5200億円もあり、売上に占める割合は3%でした。同社はちょうどこの年に52000人のリストラを実施しており、おそらくこのクレームコストがなければ解雇をする必要はなかったのではないか。それだけ大きなコストだということです。
しかもその状態は近年になっても、それほど変化はありません。2021年のデータを見ても、GM、フォードはいずれも2.9%でした。
――それに対して、日本の企業は?
鈴木:残念ながら日本企業の場合、クレームコストに関してはこれまでほとんど情報を公開はしていません。しかしこの「企業の品質経営度調査」では、ご回答をいただいています。その集計結果を見ると、直近である2022年の第11回調査(対象期間は2021年度)では、クレームコストの割合が平均して0.33%。先ほどのアメリカの自動車メーカーに比べれば、およそ10分の1ですね。しかもそれまでの推移を辿るとだんだん下がってきており、全体的に良くなっているのです。これは日本企業の製品やサービスの品質の高さを示しているといえるのでしょう。調査にご協力いただいた企業からのご回答を分析すると、そういうことが客観的な数値として表れ、すごいと思いました。日本は諸外国に比べて頑張っているのではないか、とも感じています。

4.評価方法の改訂について

――2022年に行われた前回の第11回の調査では、評価方法について大きな見直しがありました。改めて、その狙いについてお聞かせください。
鈴木:大きな変更点は2つあります。第1は、従来からのランキング方式を格付け方式に変えたことです。以前は調査結果をもとに1~100位までの企業について、日本経済新聞や日経産業新聞にランキングという形で毎回公表していました。大手新聞でも紹介されるだけに、当然ながら参加企業の関心は高く、インパクトのある方式だったといえます。
しかし詳細を分析すると、順位というのはほんのわずかな差で逆転が起き得るものでした。そのようなランキングの結果に一喜一憂するのは本当に望ましいのかという疑問があり、そこで前回からは5段階の格付け方式を採用することにしたのです。
――レストランの世界で有名なミシュランガイドみたいですね。
鈴木:はい。この格付け方式では、品質経営について良い企業は良い企業だと評価することができます。また自社のどのような課題に注力をすれば、4つ星から5つ星になれるのではないかという経路も、見えてくるはずです。実際、5つ星になるというのは、私としてはベストプラクティスであり、デミング賞レベルではないかとも思っています。この格付け方式は品質経営の実践に関して、安定的かつ継続的な企業評価ができるということでも、優れた評価方式だと考えています。
――第11回からは、中小企業を想定した調査方式も新たに導入されました。
鈴木:そこが第2の変更点です。5段階の格付け方式はAdvanced版と呼び、大企業向けといえますが、もう一つ新たに簡易型の3段階によるBasic版を創設しました。こちらはいわゆるサプライチェーンを構成する中小企業など、多くの企業に参加していただくことが大きな目的です。回答もしやすくなっており、最終的な評価方法は3段階なので、3つ星が最上位の評価となります。またBasic版は本調査の期間外であっても設問をダウンロードして使えるので、自己評価、自己点検のツールとして役立てていただきたいと思います。

5.品質不正問題とどう向き合うか

――ところで、この「企業の品質経営度調査」が始まった背景には、国内企業の相次ぐ不正問題があったと伺っています。しかし、それから20年経った今日も残念ながら品質不正の問題が繰り返されており、跡を絶たない状況です。これは、由々しき事態ともいえるのではないでしょうか。
鈴木:私も非常に心を痛めています。その会社で品質不正が発覚し、痛い目に遭って初めて本気になる、というのが多くの現実の姿です。他社で起きたそうした問題を他人事ではなく、いかに自分事として捉え、考えるか。それが何よりも重要なことだと思います。
そしてさらに、経営トップや各階層のリーダーが品質不正はダメだという意識を共有するだけでなく、その本気度を示すために職場の第一線で先頭に立ってメッセージを出し続けることが重要なのです。「安全の賞味期限は一日」。私はこの言葉を、これまでさまざまな場面で口にしてきました。繰り返し、繰り返しが大事。品質不正の問題は、現場任せではぜったいにうまくはいきません。さらにいえば、品質保証というのは品質保証部門で行うものではなく、全社全部門で行うもの。その考え方を徹底することの重要性についても、指摘しておきたいですね。
――経営者や管理者層は日々、さまざまなことで舵取りや判断を求められ、なかなか難しい面もありそうに思いますが。
鈴木:経営からの「直接的」「間接的」プレッシャーを担当者を含めた「当該組織」が消化しきれないとき、不正の多くが生じています。このような背景の下、私として強調したいのは、さまざまなことを考える際の優先順位です。やはり何より優先すべきはセーフティの“S”。次は法令遵守、Legal complianceの“L”。その次に品質の“Q”、デリバリーの“D”、コストの“C”という優先順序での判断基準です。この優先順位、SLQDC、の大切さを社内で合意形成、周知徹底せることが大切で、さらに経営理念、行動指針、年度方針の順序で全社全部門に展開することが求められます。
そのうえで、もう一つ大切なのは、こういうことを従業員一人ひとりの日常業務に具現化させていくことです。
――日常業務への具現化とは一人ひとりがいかに自分事として捉え、身に付けていくかということですね。
鈴木:とても印象に残っている好例があります。今年1月2日、羽田空港で起きた、日航機と海上保安庁の航空機による衝突事故です。いずれも炎上、大破という痛ましい事故でしたが、日航機の乗客乗務員379名が全員無事に脱出できたのは、本当に不幸中の幸いでした。この全員脱出について、海外では「奇跡」と表現する報道も数多くありました。しかし、実は理由がありました。その一つが、搭乗していた客室乗務員(CA)が冷静、的確に誘導をしたこと。しかもその9名のCAのうちの約半分は、入社一年目の新人でした。にもかかわらず暗い機内の中でも落ち着いて対応できたのは、フライトごとに毎回、事故対応のシミュレーションが行われていたため。そういう普段の訓練と心がけを、日常業務に落とし込んでいたのだと後で知りました。これは大きな教訓であったように思います。
――そうなると、組織としてどのような仕組みを構築していくかが、大事なポイントになってくる気がします。
鈴木:その点に関しては、アメリカの心理学者、エドガー・H・シャインが唱えた、「3段階(レベル)の組織文化」という考え方が、参考になると思います。原文は少々難解なので私なりに言い換えると、レベル1は目に見える組織構造、業務形態など。ここで生まれやすい問題としては、生産体制やタイトな開発スケジュール、労災件数や健康状態など目に見えるモノです。
レベル2は、掲げられた経営理念・基本指針・行動規範。顧客本位, Bad News First, 安全第一などの理念や指針です。
そして最後のレベル3は、組織内における暗黙知の無意識の伝統です。具体的にいえば、社内の認証試験では不合格は許されない、などの経営からの「直接的」「間接的」プレッシャーです。あるいは個人になると近道行動をしてしまうといった、いわゆる組織内の本音の部分です。問題があるときにすぐに意見を言えるかなど、「Bad News First」の考え方がどれだけ根付いているか、の本音の部分です。
――とくにレベル3は、身につまされるお話だと感じます。
鈴木:私もこのレベル3の段階が一番のポイントであり、品質不正が行われるのはレベル3の組織文化・風土が組織能力を支配しているからだとも思います。そしてレベル2とレベル3との間の距離を、組織としていかに縮められるかが重要なカギであると考えています。
そのために大切なのは、繰り返しになりますが、会社の判断基準における優先順位や経営理念、行動指針などを、経営トップやリーダー層が、各部門の一人ひとりに対して繰り返し伝え続けること。さらには、部下の疑問や反応に対しては腹落ちするまで語りかける。相手に寄り添い、心からの思いやりを持って接していくという姿勢が不可欠だと、私は思います。

6.Basic版の調査票を活かす

――再び「企業の品質経営度調査」についての話題に戻させていただきますが、今回の調査で最後に触れておきたいことがありましたら、お聞かせください。
鈴木:これまでの調査に参加し、ご協力いただいてきたのは、比較的大きな企業が大半でした。その企業の組織図やホームページを見ると、かなりの数のグループ企業を傘下に抱えていることがわかります。しかし本調査に参加するのは、中核となる親会社だけというケースがほとんどです。
これからは、ますますグループ会社も含め、総力をあげてお客様の価値向上につなげていく取り組みを推進していかなければなりません。そのためには当然ながら、親会社だけが優良、強くなっても不十分。皆さんの会社に連なるグループ各社の組織能力を向上させていって欲しいのです。
――まさにBasic版の出番です。
鈴木:その通り。グループ各社の底上げをはかる道具立てとして、前回の調査から導入したBasic版の調査をぜひ活用していただきたいと思います。もし以前の調査票を見て、難しそうだと二の足を踏んだような企業の方であれば、Basic版は簡易型なので使いやすいはずです。またグループ企業や中小企業だけを対象としているわけではなく、製造業以外のサービス業などさまざまな業種・業態での参加も期待しています。シンプルな評価ツールとして、自己評価、自己点検のためにも使えるメリットがあります。とにかく、これを使えば品質経営度という面では必ず良くなるということを、皆さんにぜひともお伝えしたいです。
――Basic版の調査票は調査期間終了後も無料でダウンロードできるわけですから、多くの企業にどんどん活用していただきたいということですね。