クオリティフォーラム2024 登壇者インタビュー

再発防止の見える化

~仕事のプロセス改善による企業価値向上~

有限会社福丸マネジメントテクノ
代表取締役の
福丸 典芳氏に聞く

聞き手:井上 邦彦(ライター)
福丸 典芳 氏
福丸 典芳 氏
有限会社福丸マネジメントテクノ
代表取締役
1974年3月鹿児島大学工学部電気工学科卒業。1974年日本電信電話公社入社。1996年同社資材調達部品質管理部長。2002年、(有)福丸マネジメントテクノを設立し、代表取締役に。専門分野はTQM、ISOマネジメントシステムなどで、コンサルティング業務、研修会などを展開。『ISO19011:2018マネジメントシステム監査 解説と活用方法』『再発防止・未然防止の見える化:仕事のプロセス改善手順』などの著書がある。日本科学技術連盟講師のほか、日本規格協会品質マネジメントシステム国内委員会委員などを歴任。マネジメントシステム審査員評価登録センター(JRCA)、品質マネジメントシステムQMS主任審査員も務めている。

1. ベーシックコース受講を経て、品質管理の専門家に

――1974年3月、鹿児島大学を卒業後、入社したのは日本電信電話公社(1985年、日本電信電話会社となり、一般名称はNTT)でした。その社内で品質管理、品質マネジメントの専門家になられたのは、どうような経緯で?
福丸:私が若い頃、主に所属していたのは設備投資を担う部門でした。交換系の通信設備機器の投資に関わる業務です。大きく変わったのはNTTの検査部に異動してから。昔の時代なので電話帳や作業服なども含めて、NTTが購入する物品についての検査の基準を作る基準課で仕事をしました。当時アメリカからの物品の購入、調達をするために同国の規格も全部調査し、新たな検査方式の策定などもやりましたね。そんな頃、当時の調査役から品質管理の勉強をするようにとの指示を受け、そこで日科技連の品質管理セミナー・ベーシックコースという6ヶ月間の研修を受けることに。私が品質管理と深く関わるようになったのは、そこからだったといえます。
――けっこうハードなカリキュラムとして知られる研修ですよね。
福丸:その研修を修了したのは1980年だったと思いますが、たしかに苦労しました。でも品質管理に関する重要問題や課題を解決する上で役立つ統計的手法や品質管理手法などを、理論と実践を融合した形でしっかりと叩き込まれたので、すごく勉強になりました。自分でもこれは使えると実感しましたし、実際、その後のいろいろな仕事や職場でQC的な考え方や分析の仕方などを採り入れて、活かすようになりました。
それと研修終了後は、ベーシックコースで学んだことを、今度はお前が社内で伝えていけといわれ、講師役も務めるようになったんです。そんなこともあって、本社に異動してからはNTTでアスク(ASK)活動と名付けて展開するようになっていたQCサークル活動の、全社推進事務局の責任者も任されて3年ほど担当。当時は全国のNTTの社員20万人近くが参加し、25000サークルくらいが盛んにやっていたはずですから、その管理もやはり大変でしたよ。

2.ISOの利点を活かす

――福丸さんはISO(国際標準化機構)の品質マネジメントシステムや環境マネジメントシステムの著書も複数あり、ISOの専門家にもなっていますね。
福丸:私が品質保証の仕事をしていた頃、日本でも品質管理のISO9001が少しずつ知られるようになり、外部の専門機関からも導入してはどうかという誘いがありました。でもその当時はNTTとして独自の購入品の検査規格体系を持っていたので必要ないと考えたのですが、その後でいろいろと社内で検討。結局はISO9001をベースにしてNTTグループ独自のNQAS(New Quality Assurance System:エヌカス)と名付けた購買品の品質保証システムを作り上げ、展開しました。さらに環境マネジメントシステムのISO14001の認証を取得しました。こういうものを本社組織として取得したのは、おそらく国内でも先駆けだったのではないでしょうか。それに関わる事務局活動も担当し、マニュアルは私が全部仕上げました。
――社内でISOを展開していくための、牽引役になったわけですね。
福丸:そうですね。ただし、その後はNTT -MEコンサルティングという会社が発足して、私はそこへ移籍。NTTグループ内での品質管理や環境、情報セキュリティ、労働安全などに関するISOの認証取得をサポートする業務の責任者となり、取締役としてコンサルティング業務にいろいろと携わりました。そうしてある程度の目処が付いたため、あとは自分一人でやることにしますということで今の会社を立ち上げ、独立することにしたのです。
――今、福丸さんは品質マネジメントシステムのQMS主任審査員として多くの企業に接していると思いますが、企業側のこのISOに対する向き合い方、見方で何か気づくことはありますか。
福丸:私は中小企業へのサポートや審査で行くことが多いのですが、ISOに対する考え方については大企業と中小企業でかなり違っているように感じます。大企業の場合、品質管理の社内体制や仕組みがしっかり整っていれば、とくにISOの認証を取っていなくてもいいわけです。とはいえ、海外に製品を輸出している関係から、やはりISOの認証や継続は必要になるのでしょう。また環境面のISOなど次々と新たな制度も生まれているので、それも取らざるを得ないという考え方があるようにも感じます。
一方、中小企業で話を聞くと、標準化を進めたり従業員の意識を整理していくという面でも、このISOは役に立っている、非常にいいツールだという声はよく聞きます。だから、サプライチェーンの上位企業や得意先の大手企業から求められたためといったように、必ずしも無理してISOの認証を取っているというわけではないように思います。だけど具体的な知識や理解の面で不十分なところがあるので、ツールとして十分に使いこなせていない企業が少なくないようにも思います。
それとISO9001の認証取得についていえば、国内ではほとんど頭打ちという印象があります。本当は小さな企業ほど、このマネジメントシステムの活用効果はあるんですけどね。
――つまりISOを活用することで、企業価値向上につながると?
福丸:その通りです。でも残念ながら、そこの理解がまだまだ……。一つやっかいなのは、たとえばISO9001にしても、その規格自体の文章や言葉が少々難解であること。規格を初めて見た人は、たぶん分からないかもしれません。私も最初に目を通したとき、これは何の規格なのかと首を傾げましたから(笑い)。それともう一つの認証取得の問題は、どうしても費用がかかること。取得のためのコストはそれほど大きくないとはいえるものの、それに匹敵する価値があるということを具体的に示すのがなかなか難しい。このISOの認証のために年間50万円の投資をしたとして、どれだけのプラスが生まれるのか。年間の経費削減とかクレームの減少とか、そういった利点との関係づけを示していくことができればいいのですが。これをクリアできれば、ISOの認証取得はもっと増えていくはずなんですが。
――そういったハードルがあるわけですね。
福丸:私たち関係者、そして国内の認証機関も、そのプラス効果の伝え方、見せ方をもっと工夫しなければいけませんね。ISO規格の認証を取得して使えば、こういう効果があります、お金で換算すればこれだけの価値があります。だから継続して活かす必要があるのですよ。そのようなことを示せている認証機関は、たぶんないのではないでしょうか。
中小企業の場合は、私のような審査員が毎年のように定期的に訪ねることにより、さまざまな情報や気づきをお届けすることができる。社内の仕組みをさらに改善する機会にも、つながります。だからこそ、継続してやっていく必要があるということを、改めてお伝えしたいですね。

3.その場しのぎの再発防止では、ダメ

――今回の企画セッションのメインテーマはミスや不具合による再発防止とその是正処置で、それについてはISO9001でもしっかり規定されています。福丸さんは10年ほど前に、『再発防止・未然防止の見える化:仕事のプロセス改善手順』という本を発刊されました。この本をまとめられた背景には、何か危機感や強い思いがあったのですか。
福丸:危機感は間違いなくありました。その本について考えた大きなきっかけは、私がNTTにいたときの重大な工事ミス。3000回線の通信ケーブルの一束を現場の作業者が間違え、切断してしまったのです。そのエリアの3000件のお客様に大変なご迷惑をお掛けしてしまったわけです。
そこで私が中心となり、その問題が発生した要因の分析をかなりの時間をかけて行いました。まずは実際の作業に関わった人たち全員に来てもらい、ヒヤリング。具体的な作業手順と、それに対して当日はどのような作業を行ったのかを詳しく聞くとともに、全てを時間の流れと順番に沿ってその内容を大きな模造紙に書き出してもらいました。その際、きちんと伝えたのは、あなたたちが悪いと言っているのではないということ。だから、やったことを素直に全部話し、書き出して欲しいとお願いしました。
これは言い換えれば、本来あるべき作業の手順と実際の作業内容とのギャップ分析ですね。そうやって全部を確かめた結果、30数項目もの問題点が浮かび上がったのです。もちろんその後には問題点を全て改善するためのフォーマットなどもまとめて関係者に報告したのですが、皆さんはよく分かってくれて、問題解決をはかることができました。
――NTT時代にそのような大きな問題が発生したのは、福丸さんにとっては驚きだったのではないですか。
福丸:最初は信じられませんでした。ただ、作業者のミスによるこの大問題が起きた背景には、実は新しいタイプの回線に転換するという工事を進めていたことがありました。本来、それを計画通りに進めていればよかったのですが、作業が早く進んでしまったことで担当者たちの間で変化が生まれてしまったのです。ただし、こういった大きな問題というのは多くの場合、原因は一つではありません。それを表現する例えとして、スイスチーズモデルという言葉があります。
スイスチーズというのは、切ってみると中に大小さまざまな穴が空いているのが特徴です。通常、その穴はずれているから、横から見ても見通せません。でも、もし穴の位置が重なってしまえば、見通すことができて、つまり重大な事故やトラブルにつながってしまうということです。いくつかのミスやトラブル、ヒューマンエラーなどが連鎖することで、大きな問題を招いてしまうという考え方ですね。
――長年、ISOなどの審査員を務められているわけですが、企業の再発防止に対する取り組み方の変化について感じるのは?
福丸:ISO9001の規格でも再発防止は大きな柱になっているものの、再発防止はなかなかうまくいっていないといえます。いろいろな会社に行って再発防止への対策を見せてもらっても、表面的なものが多い。問題があって是正処置をしたという場合でも、私からみれば「それは単なる処置ですね」と話すことも。会社の担当者の方はしっかり是正処置をしなければいけないと分かっているのでしょうが、忙しくてそれどころではないという感じもあります。そういう状況は、全体的に見てもあまり変わっていないのではないでしょうか。

4.プロセス分析は不可欠

――ようは、その場しのぎの対策になっているケースが多いと?
福丸:そういうことです。やはり大事なのは、プロセス。プロセスをしっかり見つめて、深く掘り下げ分析していく。プロセスを基軸にして考えるということです。先ほど触れたNTTでの重大事故でも、徹底的にプロセス分析をしましたから。
――考えてみれば、とても基本的なことであり、当然のこと。
福丸:だけど、意外とそれができていないのです。先に対策を考えてしまうケースが、とても多い。本来なら問題が発生したプロセスをしっかり辿って、分析し、そこから対策を考えていくはずなのに、そういう正しい順番が面倒くさいと思うのか、先に対策を進めてしまうわけです。それで結果的には似たような問題が再発してしまう。
QCサークル活動でも似たようなことが、しばしばあります。私も小集団活動のコンサルティングをしていますが、「君たちはもう対策ができているのではないか?」というケースが、けっこうあるわけです。それで後から、特性要因図を作ったりしてね(笑い)。
とにかく繰り返しになりますが、プロセスを基本として、プロセスを分析するという考え方を徹底して大事にして欲しいと思います。

5.未然防止の取り組みも

――再発防止を徹底させていけば、未然防止の取り組みも浮かび上がってくるように思いますが。
福丸:当然、そうなるはずです。是正処置は発生した問題への対処ですが、未然防止はまだ起きていない問題に対するもの。そして未然防止活動のポイントは、リスク分析だともいえます。作業標準を作り上げるときでも、本当ならリスク分析をして未然防止についても検討するべきなんですね。たとえば、記録が抜けるリスクがあるとか、データを書き間違えをする可能性があるなど、多種多彩なヒューマンエラーのリスクがあると考えられます。すでにある作業標準についても、どういうミスが起きる可能性があるのか。将来起きるかもしれない問題について前もって対策を打ちましょうということです。
――でも、未然防止活動への理解や導入は、まだまだ十分には広がっていないようです。
福丸:せっかく未然防止のためのツールがあるのに、それが使われていない。そこが一番の問題だと思います。FMEA(Failure Modes and Effects Analysis:故障モード影響解析)などはその代表的なツールですが、このようなすごく役立つツールがあるのに、あまり活用されていないのが残念でなりません。FMEAは設計担当が使うものでしょうといった言葉もときどき聞きますが、設計だけに限るものではありません。工程FMEA、作業FMEAといった考え方もあるわけですから。

6.基本教育の再点検を

――今日、福丸さんから伺ったお話を振り返ると、どれもベーシックな問題についてのご指摘であったとつくづく感じます。でも、それがおろそかになっていたのではないか、ということですね。
そう思います。どれも基本中の基本であり、当たり前のことですよ。しかし日本の多くの企業のなかで、そのための基本的な教育が抜け落ちてしまったのか、あるいは不十分になっている。とくにバブル崩壊の1990年代以降はその教育に注ぐ力が弱まり、若い世代のではきちんと品質管理教育を受けていない人も、少なくないようです。
多くの企業でも、仕事上で必要となる固有技術は一生懸命指導しています。だけど、管理技術の教育が足りないように思います。これはセットで身につけるべきものであり、マネジメントの知識と技術も持たなければダメなんです。
――やはり、品質管理教育の徹底が大事であると。
それを各企業の経営者や管理職層の方々に強く訴えたいですね。しっかり教育をして欲しいし、ずっと続けてもらいたい。そして仕事や品質管理を進めていくうえで必要となる道具、ルールもきちんと示し、実践させていく。従業員たちがその経験を積み重ねていけば、貴重なノウハウとして育っていくはずであり、それが重要なんだと思います。
合わせて、補足したいことがひとつ。それは教育のスタイルについてです。昔から最初に講義をして、後で実習や演習という流れが一般的でしょう。でも私は、順番を逆にしたほうがいいと考えています。若い人たちが初めてのことを学ぶとき、最初に講義をしてもなかなか頭には入らないのではないでしょうか。気持ちも集中しない。だからまずは実践的なことを試させて、それで興味を持ってもらった後で座学の講義を受けた方が、はるかに身につくと思う。品質管理の基本となるQC7つ道具などの教育でも、同じですよ。そのような教育の工夫ということでも、ぜひ見直しをはかってほしいと思います。
――基本の大切さを改めて実感しました。ありがとうございました。