クオリティフォーラム2022

登壇者インタビュー

顧客価値創造時代の有効な手段として、
新たなTQMをぜひ役立てていただきたい
~日科技連・品質経営研究会が考える
「これからの品質経営」~

トヨタ自動車株式会社 元副社長
佐々木眞一氏に聞く

聞き手:伊藤 公一(ジャーナリスト)
佐々木 眞一 氏

佐々木 眞一 氏

トヨタ自動車株式会社
元副社長

1970年北海道大学工学部機械工学科卒業、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。
品質管理畑に長らく従事。2001年取締役、2003年常務役員、2005年専務取締役、2009年取締役副社長、2013年相談役・技監、2016年顧問・技監、2018年技監、2018年技監退任。2019年春の藍綬褒章受章。2020年デミング賞本賞受賞。
2014年から日本科学技術連盟理事長。日科技連・企業価値向上経営懇話会副委員長、品質経営研究会委員長。著書に『トヨタの自工程完結』等がある。

1.「物質的充足」から「精神的充足」へ

――今回の講演のキーワードの一つでもある「品質」をどのように捉えていますか。
佐々木:端的に言えば「社会やお客様の求めるニーズを満たす度合い」のようなものだと思考えています。日本で品質管理に携わっている方なら多分同じ考えをお持ちでしょう。品質自体に決まった単位はありません。
昔はその基準が「モノ」でした。少し改まって言うと「物質的な充足度」ですね。ですから、かつては「モノの善し悪しを表す度合い」を品質と呼んでいました。
しかし、最近はその尺度がモノからコトに移ってきた。つまり「精神的な充足度」が重んじられていると感じます。時代の大きな流れと言えるかもしれません。
――「精神的な充足度」が重んじられると、品質の意味合いも変わってくるのでは。
佐々木:そうですね。モノの価値よりコトの価値が問われるようになると、力の置き方も変わると思います。
昨今の潮流で言えば、SDGsやカーボンニュートラルといった社会的課題への関わりがビジネスの前提条件になってきました。
最近はSDGsそのものがビジネス化しています。SDGsは17の要素を含んでいるわけですから、一つの枠組みだけでは対応できません。まさに多種多様な取り組みが問われるようになってきた。そういうことに配慮した経営を推し進めていく必要があるのです。
そこで、品質保証の意味が大きく変化してきました。モノ価値時代は計量値として表された規格に対して製品やサービスを合致させることでした。コト価値時代になり企業や団体が価値を創出する過程でSDGsやカーボンニュートラルにどのように配慮しているか、またお客様自身の行動で生み出されるお客様の経験価値がお客様にとって満足出来るものかどうかが問われるようになって来ました。

2.「買う」一択ではなく「買うか使うか」

――高度経済成長期と現在とでは品質の何がどう変わってきたとお考えですか。
佐々木:私の出身母体であるトヨタ自動車はかつて「いつかはクラウン」というキャッチフレーズで、自動車を持つことの夢や憧れ、存在感などを説いていました。
クラウンというモノの所有に価値を持たせる考え方だったので、クルマとしての大きさやスタイル、積載量、スピードといった物質的なスペックを訴えました。今考えると不遜な表現ですが、自動車を持つという目的から見ると、あのキャッチフレーズは高度経済成長期における最終目標だったわけです。
ところが、昨今は所有する=買うという選択肢ではなく「買うか使うか」というふうに、エンドユーザーの考え方が劇的に変わってきました。
――トヨタグループで言えば「KINTO」のようなサブスクサービスが注目されていますね。
佐々木:その通りです。KINTOは旧来のリース契約よりも、お客様のライフステージに合わせて使うクルマをより自由に変更できる。そういうスキームを生かして、クルマを使うお客様の目的に合わせたフレキシビリティをサービスの中に入れ込んでいます。
つまり、今のお客様はクラウンが欲しいのではなく「今回はこういう目的に使うために、こういうクルマが欲しい」という価値観を重視されるわけです。例えば、近所のスーパーでちょっとした買い物をするだけなら大型のセダンではなく、駐車場での取り回しの良いコンパクトカーのほうがベターなのです。
要するに、使う目的に合致した移動手段であればいい。そういうスタンスで、自由自在に選び、手に入れることが「お客様価値」につながるのだろうと思います。

3.危機感を原動力に立ち上がった研究会

――「品質経営研究会」(以下研究会)はどのような経緯で立ち上げられたのですか。
佐々木:1980年代に世界の先頭を走っていた日本の産業競争力や国際競争力も、バブル経済崩壊後、先進国の中では下位に甘んじる状態を余儀なくされています。
日科技連はその原因を「品質に対する経営者層の関与の仕方が薄れたからだ」と推論しました。「品質は品物やサービスの出来栄えだから、クレームがこないように品質担当に任せておけばよい」などという考えが経営者層にはびこっているのではないか。
だとしたら、なんとか立て直さねばならない。そんな危機感が大きな原動力として働いたのではないかと思います。
――経営トップに待ったなしの意識改革を迫った点に研究会の強い存在感を覚えます。
佐々木:ですから、社会やお客様の求めるニーズの変化にいかに効率よく追従していけるかを活動の大きな狙いとしました。
そのためには、我々が長年にわたって培ってきたTQMが何よりも役立つはずです。TQMは最善のやり方を目指し、あれこれと手法開発を重ねて今日の姿に至ります。
時代が変わればTQMもそれに応じて進化させねばなりません。周りが変わっているのにTQMだけ、頑(かたく)なに旧来の手法にしがみついていては綻(ほころ)びが生じます。
ですから、変化に対する心がけばかりでなく、それに見合う新たな手段を開発して、提供していく責任が日科技連にはあります。
その一環として、研究会では「コト価値創造を、全員参加で実施するための組織能力の検討」に力を入れてきました。

4.エンドユーザーも巻き込む新たなTQM

――研究会の役割や活動成果をどのように見ていますか。
佐々木:研究会が進めてきた活動目的は「ビジネスモデルで先行し、現場力勝負に持ち込む」ということです。その取り組みを通じて「顧客価値創造」や「コト価値創造」を実現する。そのためにTQMがどのように貢献できるか・すべきかを明確化することに力を注いできました。
例えば、TQMのTは全員を表します。その中心はこれまで「社内+サプライチェーン」でした。しかし、これからはエコシステム全体における協業を踏まえて、社会やお客様価値の研究者、IT業界、データ技術者、スタートアップ企業なども巻き込んだ取り組みになると思います。最終的には、コト価値を発生させるプレイヤーであるエンドユーザーもTの大切な一員になっているわけです。
――ビジネスモデル先行と現場力勝負は2021年のフォーラムでも強調されていました。
佐々木:実は「ビジネスモデルで先行し、現場力勝負に持ち込む」というフレーズの先には「日本は負けない!」という結語が続きます。
大切なことなので繰り返しますが「ビジネスモデルで先行し」には「素早く社会やお客様のニーズの変化(モノからコトへの変化)に対応する。情報収集・分析の早さ、ビジネス化の速度で勝つ」という思いを凝縮しています。
同様に「現場力」には「TQMで培った組織的業務遂行能力をフルに活用し、新たなDXほか、考え方・手法をフレキシブルに取り込む力」という意味を託しています。

5.良かれと思った作業が二度手間に

――品質経営を実現するために、参加各社が取り組むべきことはなんだとお考えですか。
佐々木:これまではお客様が求めている製品をきちんと納めるのが良い仕入先の条件でした。その姿勢が認められれば表彰され、商売も続く。まさにBtoBの理想的な姿です。
しかし、これからは自分たちの提供する製品やサービスがお客様の本当にしたいことに合致しているかどうかという観点で臨むことがより問われると思います。この製品をお客様がどう使い、どのような価値を生み出すかにまで想像をめぐらすということです。
――想像をめぐらすことと品質経営とがどうつながるのですか。
佐々木:例えば、自動車の主要部品であるワイヤーハーネス。仕入先は輸送時の収容効率を高めるため、くるくる丸めてコンパクトな荷姿にします。たくさん積めて輸送単価も安くなるため納品先にも喜ばれるからです。
しかし、被覆が塩化ビニールなので冬場になるとカチカチに固まる。そこで、工場ではヒーターで温めて柔らかくして伸ばして、取り付け準備をする。つまり、二度手間になることが分かりました。だったら、多少輸送費が高くても、クルマに搭載しやすい、伸ばした荷姿で納入したほうが合理的。余分な作業が減るので、結果的に作業者も楽です。
要するに、お客様が何をしたいのかを真剣に考えることが大切だということです。輸送費の低減は大事だけれども、お客様にとっては作業がしやすい状態で納入してもらうことのほうが価値があるという事例です。

6.16の組織能力と9のTQM活動要素を提案

――「これからの品質経営」を進めるための重点と、目指すべき姿とは。
佐々木:研究会では当初からトップのリーダーシップに重きを置いてきました。これまで見てきたように、モノ価値からコト価値へと力点が移れば、自ずとリーダーシップの在り方も変わってくるからです。
そこで、研究会では過去の事例や議論内容を踏まえた16項目の「価値創造組織能力」を横軸にし、9項目の「TQM活動要素」を縦軸とするマトリックスをまとめつつあります。
これは取り組むべき全体の流れを俯瞰できるだけでなく、解決すべき5つの課題を達成するためのアクションアイテムとして活用できます。
――16×9のマス目ですから、かなり綿密な俯瞰図になりそうですね。
佐々木:「顧客価値創造の組織能力とTQM活動要素」と呼ぶ、このマトリックスには新しい価値を創造するために必要なストーリーと、我々がこれまで大切にしてきたTQMの要素が余すところなく詰め込まれています。
マス目から浮かび上がる新たな行動や必要な行動を整理すれば「これが新しいコト価値時代のTQMです」と胸を張れる。名前は同じでも中身が違うことをセミナーやイベントなどを通じて訴えていきたいですね。2022年か22年度の内には、なんらかの形できちんと披露できるのではないかと考えています。
――まさに、これまでの研究会活動の集大成とも言えますね。
佐々木:22年度はひとまず、これまでの知見などを整理するとともに「コト価値開発とコト品質保証の在り方」の検討や「コト価値創造に資する方針管理」などに役立てることができると思います。
先ほども触れたように、このマトリックスは旧来のTQMとは一線を画す新たな価値創造の時代に向けたTQMを世に問うツールでもあります。まずは、経営の中核を担うトップ人財の育成・実践の場である「エグゼクティブセミナー」をはじめとする、さまざまな教育の中に織り込んでいく考えです。
特にエグゼクティブセミナーは最も成果が期待できるし、検証もしやすい。その上、改善点もクリアになるので期待しています。

7.経営者のマインドをいかに変えるか

――研究会のこれまでの活動を百点満点で採点してください。
佐々木:まだまだ、道半ばだと思うのですが、甘めに見て50点。理由の第一は、われわれの取り組みの成果が、本当に必要とされる人たちにお届けできていないことです。片や、日本の産業を支える大多数の中小企業の経営者層。片や、危機感を唱えてもなかなか変わらない大手経営者層のマインドです。
理由の第二は「品質経営」という言葉に対するとっつきにくさのようなものです。品質経営という言葉が目指すところはとても大切なのに「うちには関係ない」と思われる経営者が多いようです。要するに、品質経営では経営者の胸に響きにくい。
――『南総里見八犬伝』では「行き詰まったら名前を変えよ」と教えています。
佐々木:確かに名前を変えるというのは一法でしょうね。例えば、品質経営には心を動かされない経営者でも「企業価値を向上するための取り組み」というアプローチでなら、関心を寄せてくれるはずです。
TQMにしてもそう。「新たな品質経営の時代には新たなTQMがある」ことをもっともっとアピールしていくべきでしょうね。

8.品質経営の本質は顧客価値創造の実現

――「品質経営懇話会」を22年度から「企業価値向上経営懇話会」と改称した狙いは。
佐々木:品質経営という言葉にどう寄り添うかということにも関わってくることです。ご存じのように、この懇話会は2017年に旧名で発足し、2021年末までに計12回にわたって議論を進めてきました。
考えてみると、毎回意見を交わす中で、品質そのものよりも、企業価値向上に関する議論が活発に行われてきました。
実際、第109回の品質管理シンポジウムで「顧客価値を創造し、それを実現するための組織能力を向上・獲得し、企業存在価値を最大化すること」が品質経営であると提言しています。
――「令和大磯宣言」のハイライトですね。
佐々木:はい。そういう流れを踏まえ、坂根正弘委員長(株式会社小松製作所顧問)の提案を満場一致で承認する形で現在の名前に変えました。
懇話会には、(一社)日本経済団体連合会専務理事や経済産業省製造産業局長といった方々にメンバーとして参画していただいているので、それらのルートを通じて、経営者のマインドをもっと高めていきたいと考えています。

9.コト価値創造を促す新たなTQMを披露

――本講演で聴講者に伝えたいメッセージがあればお話しください。
佐々木:一番の目玉は「顧客価値創造の組織能力とTQM活動要素」のマトリックスをご覧いただけることだと思います。
特に、日科技連の活動の根幹を成すTQMについては、旧態依然とした手法をひたすら、頑なに守るのが尊いのではなく、新たな社会やお客様本位の価値創出に有効であることを訴えたいと思っています。
新しい時代の有効な手段として着々と開発してきた新たなTQMをぜひ役立てていただきたいし「そんなのがあるなら、ぜひ使ってみたい」という気持ちにもなっていただきたい。そういう出来栄えのものを自信をもってお披露目したいですね。