クオリティフォーラム2022
登壇者インタビュー
Withコロナ時代をデジタルで切り拓く
全日本空輸株式会社
執行役員 グループCIO(Chief Innovation Officer)デジタル変革室長の
荒牧 秀知氏に聞く
聞き手:廣川 州伸(ビジネス作家)
荒牧 秀知 氏
全日本空輸株式会社
執行役員
グループCIO(Chief Innovation Officer)
デジタル変革室長
1. パンデミックの苦難を超えて
――航空業界にとって、今回のコロナ禍は、本当にご苦労されたと思います。
荒牧:大変でした。コロナ前の2019年度第三四半期までは黒字でした。年が明けて2020年の1月23日に武漢のロックダウン。それから事態が急変し、あれよあれよという間に旅客需要がまさに「蒸発」しました。
2020年は東京オリンピック・パラリンピックの年。政府もインバウンド4,000万人を達成する旗印を上げた最終年度。羽田空港も発着枠を増やす計画で、2020年3月末から始まるサマーダイヤでは私たちも増便する予定で動いていました。海外の新規拠点開設の準備もたけなわで、さあ行くぞ!と思いっきりふくらんだ風船に針が刺さって萎んだような状態になりました。
そこから経営環境は様変わり。これまでもリーマンショックや東日本大震災など航空需要に大きく影響を与えるイベントはありましたが、国内線も国際線も全方面、これだけ長い期間に渡って影響を受ける緊急事態は今までにもありませんでした。
1年後にオリパラ開催には漕ぎつけたものの、海外からは選手団やマスコミ関係者のみの受け入れで、、国内も含めて観戦客は大幅に制限され、「テレビの中でのオリパラ」になってしまいました。航空会社の努力範囲外の事態となりました。
2020年は東京オリンピック・パラリンピックの年。政府もインバウンド4,000万人を達成する旗印を上げた最終年度。羽田空港も発着枠を増やす計画で、2020年3月末から始まるサマーダイヤでは私たちも増便する予定で動いていました。海外の新規拠点開設の準備もたけなわで、さあ行くぞ!と思いっきりふくらんだ風船に針が刺さって萎んだような状態になりました。
そこから経営環境は様変わり。これまでもリーマンショックや東日本大震災など航空需要に大きく影響を与えるイベントはありましたが、国内線も国際線も全方面、これだけ長い期間に渡って影響を受ける緊急事態は今までにもありませんでした。
1年後にオリパラ開催には漕ぎつけたものの、海外からは選手団やマスコミ関係者のみの受け入れで、、国内も含めて観戦客は大幅に制限され、「テレビの中でのオリパラ」になってしまいました。航空会社の努力範囲外の事態となりました。
――その厳しい環境下で、ANAは大胆な施策をとっておられました。
荒牧:欧米の航空会社は何千人単位で社員をレイオフしましたが、当時のANAホールディングス社長の片野坂(現代表取締役会長)は「経営資金の続く限り、グループ4万6千人の社員の雇用を守る」という方針でした。
ただ、コストを落とさなければ事業継続できないので、保持し続ければ固定費になる古い航空機から償却を早めるなど、あらゆるコストを見直しました。今考えると、オリパラに向けてメタボになりかけていた体をギュッと絞ったようで、筋肉質な体に成れたともいえます。
苦しい中でありがたいことに、いろいろなお取引先様から「半年か一年間、ANAの社員を受け入れよう」と言って頂きました。出向した社員は1,500人近くになりますが、様々な業種業態の会社で可愛がっていただきました。彼らは、これまでANAでは、想像や経験をすることができないような職場で、言わば「生きたトレーニング」を経験させていただいており、実力が増したのは間違いないと感じています。
ただ、コストを落とさなければ事業継続できないので、保持し続ければ固定費になる古い航空機から償却を早めるなど、あらゆるコストを見直しました。今考えると、オリパラに向けてメタボになりかけていた体をギュッと絞ったようで、筋肉質な体に成れたともいえます。
苦しい中でありがたいことに、いろいろなお取引先様から「半年か一年間、ANAの社員を受け入れよう」と言って頂きました。出向した社員は1,500人近くになりますが、様々な業種業態の会社で可愛がっていただきました。彼らは、これまでANAでは、想像や経験をすることができないような職場で、言わば「生きたトレーニング」を経験させていただいており、実力が増したのは間違いないと感じています。
――2022年度は、復活の兆しがありました。
荒牧:おかげさまで、ゴールデンウィーク頃から少しずつお客様の流動が増え、企業の出張制限も緩和され、22年度の第一四半期は10四半期ぶりに黒字に転換しました。
2. CX基盤(仮想データベースを活用したお客様情報基盤のOne to Oneサービス)
――御社がDXグランプリ2019を受賞されたとき、CX基盤が注目されました。
荒牧:ありがたいことでした。弊社では、CX(カスタマー・エクスペレンス=顧客体験価値)の向上には随分前から取り組んできました。2013年にCXの必要性が認識されプロジェクトが立ち上がり、システム構築の前にプロセスを見直す議論が重ねられました。
航空事業は特殊な部分があり、他のどの事業よりも「多くの顧客接点」があります。たとえば海外に行かれる場合なら、行先を検討する際に航空便のスケジュール情報を調べ、予約を取り、決済・航空券発券とそれぞれのタイミングに「顧客接点」があります。さらに空港に来られると、チェックインや手荷物預けの際に、空港サービススタッフとの「顧客接点」があります。多頻度でANAをご利用いただいているマイレージ会員のお客様でしたらラウンジが使えますので、そこで別のスタッフがお出迎えします。搭乗ゲートでも別のスタッフがお出迎え、機内に乗れば複数の客室乗務員が応対し、到着されると手荷物のピックアップでまた別のスタッフがいます。このように、お客様が一枚の航空券をご利用される際に弊社はこれほど多くの「顧客接点」を持つことになります。
航空事業は特殊な部分があり、他のどの事業よりも「多くの顧客接点」があります。たとえば海外に行かれる場合なら、行先を検討する際に航空便のスケジュール情報を調べ、予約を取り、決済・航空券発券とそれぞれのタイミングに「顧客接点」があります。さらに空港に来られると、チェックインや手荷物預けの際に、空港サービススタッフとの「顧客接点」があります。多頻度でANAをご利用いただいているマイレージ会員のお客様でしたらラウンジが使えますので、そこで別のスタッフがお出迎えします。搭乗ゲートでも別のスタッフがお出迎え、機内に乗れば複数の客室乗務員が応対し、到着されると手荷物のピックアップでまた別のスタッフがいます。このように、お客様が一枚の航空券をご利用される際に弊社はこれほど多くの「顧客接点」を持つことになります。
――確かに、利用者はたくさんの方にお世話になっています。
荒牧:それぞれの顧客接点では「真実の瞬間」が展開されます。各々のスタッフはそれぞれの持ち場で最大限の「おもてなし」を発揮しようとするものの、一人のお客様のすべての「顧客接点」を通して一人のサービススタッフがおもてなしすることは出来ません。そこで、一連の旅のシーンを通してお客様から「ANAを選んでよかったね」「次もANAにしよう」と思っていただくためにどうすればいいのかという想いがCX向上を考える最初の動機になりました。
これまで、お客様のニーズに対応して旅客系システム、運航系システム、顧客系システム、コンタクトセンターを支えるシステムなどが別々に構築されていたわけですが、そこをバーチャルに結んで、お客様に一貫性のあるシームレスなサービスを提供する、それがCX基盤の役割です。
プロジェクトに集まったみんなで会議室に籠り、「顧客接点」として考えられるシーンをピックアップしてポストイットに書き出しましたが、最初は500ものシーンが抽出されました。それをフライト実査を通して検証していきました。13シーンに集約し、各シーンで大切にする「顧客体験価値」を可視化し、2018年になってやっとCX基盤の開発が始まりました。その後、それを進化させて、今は28シーンに拡張して「CX向上サイクル」を回しています。
これまで、お客様のニーズに対応して旅客系システム、運航系システム、顧客系システム、コンタクトセンターを支えるシステムなどが別々に構築されていたわけですが、そこをバーチャルに結んで、お客様に一貫性のあるシームレスなサービスを提供する、それがCX基盤の役割です。
プロジェクトに集まったみんなで会議室に籠り、「顧客接点」として考えられるシーンをピックアップしてポストイットに書き出しましたが、最初は500ものシーンが抽出されました。それをフライト実査を通して検証していきました。13シーンに集約し、各シーンで大切にする「顧客体験価値」を可視化し、2018年になってやっとCX基盤の開発が始まりました。その後、それを進化させて、今は28シーンに拡張して「CX向上サイクル」を回しています。
――500から13シーンにまとめるのも大変ですが、増やすのも凄いですね。
荒牧:CX基盤の活用から充実したサービスが生まれます。たとえば、19年に実施した実証実験として、空港に着かれたお客様に「今日は45分前までに検査場を通過していただくと、中にある空港売店で使える割引クーポンを差し上げます」とメッセージ送信すれば、お客様が乗り遅れず、早く搭乗ゲートに向かっていただくインセンティブが働くわけです。同時に、売店での売上が増え、定時運航にも寄与しました。また、満席便で大きな手荷物を持って機内に入ると、すでに手荷物入れが満杯で収納に困る、といったご経験をされたこともあろうかと思います。そういう時には、お客様が空港に来られた段階で「この便は満席が想定され、機内の手荷物入れが満杯になる可能性があります。できましたら事前にお手荷物お預けください」とお伝えすることで、お客様の手荷物収納に関わるストレスも下がりますし、機内の出発準備もスムーズに進みます。
このように、一人ひとりのお客様に適切なタイミングでパーソナルな情報をお伝えすることで、新たな価値創造に常がることができるのです。
このように、一人ひとりのお客様に適切なタイミングでパーソナルな情報をお伝えすることで、新たな価値創造に常がることができるのです。
3. MaaS事業 (マース:Mobility as a Service)
――ANAではMaaSについても、力を入れておられます。
荒牧:MaaSは、旅行者一人ひとりの移動ニーズに対応して、複数の公共交通や移動サービスを最適に組み合わせ、検索・予約・決済等を一括で行うサービスで、弊社ではMaaS事業と呼んでいます。航空会社に加えて、地上交通機関とも連携することで、お客様の利便性は高まります。
よく言われるのは、全世界の人口78億人の中で航空機を利用したことある方は6パーセント程度です。お一人で何回も利用される方がたくさんおられますが、縁がない方は航空機をまったく利用せず、移動したいときには鉄道、船、バスや車などの航空機以外の交通機関を利用する方が多数いらっしゃいます。
よく言われるのは、全世界の人口78億人の中で航空機を利用したことある方は6パーセント程度です。お一人で何回も利用される方がたくさんおられますが、縁がない方は航空機をまったく利用せず、移動したいときには鉄道、船、バスや車などの航空機以外の交通機関を利用する方が多数いらっしゃいます。
――飛行機が大好きな人にとって、6%という数字は驚きです。
荒牧:6%は世界の統計ですが、日本国内でも多分同じことだと思います。これまで航空機を利用しなかった方々は、飛行機に乗るための手続きについての知識や情報がなく、そこを不安に思われて飛行機を選択肢から外されてしまうこともあったかと思います。
航空会社としてMaaS事業を展開する意義は、空港までのアクセスをスムーズにすること、到着後の二次交通の手配をスムーズにすること。これによってお客様は出発から到着まで安心して旅することができる、そこに航空会社が果たせる役割があると思っています。地上の交通機関の方々と連携して、スマホのアプリのようなもので旅程に関わる最適化されたすべての情報をご提供できないか、それがテーマとなっています。
航空会社としてMaaS事業を展開する意義は、空港までのアクセスをスムーズにすること、到着後の二次交通の手配をスムーズにすること。これによってお客様は出発から到着まで安心して旅することができる、そこに航空会社が果たせる役割があると思っています。地上の交通機関の方々と連携して、スマホのアプリのようなもので旅程に関わる最適化されたすべての情報をご提供できないか、それがテーマとなっています。
――ANAはユニバーサルデザインにも力を入れておられます。
荒牧:はい。車椅子の方とか目の不自由な方が空港に来ようとすると、一般的なマップでは用を足さないケースがあります。直線で一番近いと思った経路に階段があったり、スロープがあったり、障害物があって目の不自由な方が移動しやすい動線になっていなかったり、といったこともあると思います。
そうなると、移動の選択肢から航空機の利用が外れてしまう。そうならないように、関係する他の交通事業者の方と「空港アクセスナビ」というアプリをサービス提供しています。車椅子の方が空港にスムーズに来れる動線を自分でみつける。駅の乗り換えもどこを通るとスムーズか、空港のどの経路ならエレベーターを使って搭乗ゲートまで行けるか、などがわかる仕組みを構築しています。これをユニバーサルMaaSと呼んでいます。
そうなると、移動の選択肢から航空機の利用が外れてしまう。そうならないように、関係する他の交通事業者の方と「空港アクセスナビ」というアプリをサービス提供しています。車椅子の方が空港にスムーズに来れる動線を自分でみつける。駅の乗り換えもどこを通るとスムーズか、空港のどの経路ならエレベーターを使って搭乗ゲートまで行けるか、などがわかる仕組みを構築しています。これをユニバーサルMaaSと呼んでいます。
4. デジタルプラットフォーム事業(マイルで生活できる世界の構築)
――ANAは、パンデミック前から新規事業開発で注目されていました。
荒牧:今後パンデミックのようなことが二度と起きないことを祈るものの、実際のところは誰にもわかりません。そこで「事業構造そのものはこのままでいいのか」と役員会でも議論を重ねました。その結果、航空事業以外に柱になる事業が必要だという事になり、出てきたのが「デジタルプラットフォーム事業」の立ち上げでした。
たとえば、お客様が貯めておられるマイルで日常生活が豊かになるような経済圏が構築できないか。溜まっているマイルを次の航空券に使うだけではなく、他のサービスに使えないか。「マイルで生活できる世界」を提供できれば、今回のようなパンデミックで移動することが難しい状況になっても、お客様との接点を確保することが出来る。デジタルプラットフォームのサービスを通してANAを日常的に身近に感じていただく、そういう可能性があると考えるに至りました。
たとえば、お客様が貯めておられるマイルで日常生活が豊かになるような経済圏が構築できないか。溜まっているマイルを次の航空券に使うだけではなく、他のサービスに使えないか。「マイルで生活できる世界」を提供できれば、今回のようなパンデミックで移動することが難しい状況になっても、お客様との接点を確保することが出来る。デジタルプラットフォームのサービスを通してANAを日常的に身近に感じていただく、そういう可能性があると考えるに至りました。
――新規事業を推進する力になるのが、やはりデジタルだったのですね。
荒牧:はい。何をするにしても、デジタル・データが非常に重要になってきています。このデジタルプラットフォーム事業は、グループ会社のANAXという会社を中心に展開するもので、ANAグループ全体で支援し、同時に外部のパートナー企業との関係性を新たに構築しているところです。
また、ANAグループにおけるイノベーション創出に向けた「最先端組織」として、2016年春、「デジタル・デザイン・ラボ」という社内チームを作りました。これは、本業の航空事業を推進する組織とは別の『出島』のような組織で、自由に発想して「新たな価値創造」に取り組むタスクフォースです。「デジタル・デザイン・ラボ」では、新しい事業としてどんなことが考えられるかと色々議論しました。新たな事業領域の探求はいろいろ進めていますが、元々の航空会社のコアコンピタンスをうまく利用してビジネスにすることを検証しています。
また、ANAグループにおけるイノベーション創出に向けた「最先端組織」として、2016年春、「デジタル・デザイン・ラボ」という社内チームを作りました。これは、本業の航空事業を推進する組織とは別の『出島』のような組織で、自由に発想して「新たな価値創造」に取り組むタスクフォースです。「デジタル・デザイン・ラボ」では、新しい事業としてどんなことが考えられるかと色々議論しました。新たな事業領域の探求はいろいろ進めていますが、元々の航空会社のコアコンピタンスをうまく利用してビジネスにすることを検証しています。
5. ドローンプロジェクト(航空機安全運航の知見を活かしたドローン物流サービスの検証)
――新規事業開発の議論のなかから、ドローンプロジェクトも生まれたのですね。
荒牧:はい。ドローンは人が乗らない無人飛行機ですが、目的地に向けて安全・定時に荷物を運ぶところは一緒です。いろんな事業者がドローン事業に参入するなか、『交通整理』することも必要になると思います。そこにANAが持っている知見を生かせないかというのが、ドローンプロジェクトです。
今、長崎の五島列島や、北海道の旭川などでドローン輸送の実証実験を進めています。例えば、五島列島は130ぐらいの島があるそうで、二次離島と呼ばれる空港のある大きい島の先島に住んでいる方もいらっしゃる。そういう方は、本島まで行かないとお医者様に診断していただけない。薬も手に入れられない。船で本島まで行って病院で診療してもらって島に戻るのですが、これまでは丸一日かかっていました。
そこでドローンを活用出来ないか、という事になります。たとえば診療は、遠隔地でもかかりつけの先生と患者がタブレットを使って問診し、それに基づいて薬が処方されて、薬局の方が梱包してドローンに乗せて、先島の患者が受け取る事が実現できます。
これまで一日がかりの仕事だったことが、診察は10分ぐらい、一時間後には薬が手許に届く、といったことも可能です。こういうサービスを実現できれば、離島に住んでいる皆さんには非常に価値があることだと思います。ドローン輸送には重量に制約がありますので、まず薬から始め、食材などに広げているところです。
今、長崎の五島列島や、北海道の旭川などでドローン輸送の実証実験を進めています。例えば、五島列島は130ぐらいの島があるそうで、二次離島と呼ばれる空港のある大きい島の先島に住んでいる方もいらっしゃる。そういう方は、本島まで行かないとお医者様に診断していただけない。薬も手に入れられない。船で本島まで行って病院で診療してもらって島に戻るのですが、これまでは丸一日かかっていました。
そこでドローンを活用出来ないか、という事になります。たとえば診療は、遠隔地でもかかりつけの先生と患者がタブレットを使って問診し、それに基づいて薬が処方されて、薬局の方が梱包してドローンに乗せて、先島の患者が受け取る事が実現できます。
これまで一日がかりの仕事だったことが、診察は10分ぐらい、一時間後には薬が手許に届く、といったことも可能です。こういうサービスを実現できれば、離島に住んでいる皆さんには非常に価値があることだと思います。ドローン輸送には重量に制約がありますので、まず薬から始め、食材などに広げているところです。
6. ANA AVATAR XPRIZE (XPRIZE財団と実施中のアバターコンテストについて)
――XPRIZE(エックスプライズ)財団が主催するコンテストも進められていますね
荒牧:財団にはイーロン・マスク氏、シンギュラリティ大学をつくったピーター・ディアマンティス氏などの起業家の方などが参画していて、社会を変えていく新しい技術を、いち早く生み出したグループに賞金をあげようというコンテストです。
ANAでは、2016年にご縁があってコンテストのお題を出す立場となり、賞金総額10億円の国際賞金レース「ANA AVATAR XPRIZE」がスタートしました。
ここでのポイントは「いいお題が出せるか」だったのですが、2016年頃は世の中で既存の秩序を破壊して既存業界に参入する『ディスラプター』が出てきて、それに対してどう対応すべきかが産業界で話題になった時期です。例えばタクシー事業者、宿泊業者、物流なども大きく変わろうとしていました。『ディスラプター』が出現したとき時、既存の事業者がどう対抗するのか、がいわゆるディスラプター対抗戦略になりますが、では航空会社にとっては何が『ディスラプター』になりうるのかを議論していた時に思いついたのが『どこでもドア』でした。
ANAでは、2016年にご縁があってコンテストのお題を出す立場となり、賞金総額10億円の国際賞金レース「ANA AVATAR XPRIZE」がスタートしました。
ここでのポイントは「いいお題が出せるか」だったのですが、2016年頃は世の中で既存の秩序を破壊して既存業界に参入する『ディスラプター』が出てきて、それに対してどう対応すべきかが産業界で話題になった時期です。例えばタクシー事業者、宿泊業者、物流なども大きく変わろうとしていました。『ディスラプター』が出現したとき時、既存の事業者がどう対抗するのか、がいわゆるディスラプター対抗戦略になりますが、では航空会社にとっては何が『ディスラプター』になりうるのかを議論していた時に思いついたのが『どこでもドア』でした。
――それはまた、奇想天外です。
荒牧:いや、本気で考えて議論しました。というのも、他社に『どこでもドア』を作られてしまうと、当社の長距離便に乗ってくださるお客様はいなくなるのではないか、これができたらまずい、という話です。「ANA AVATAR XPRIZE」は、先端技術を用いて遠隔で用事を済ませるアバターロボットを開発するというコンテストです。コンテスト期間が4年でしたから、さすがにそんな短期間で『どこでもドア』技術の実現は無理という話になり、代わりにお題となったのが『アバター』でした。
アバター技術とは遠隔存在伝送技術と言い換える事ができますが、実存している存在が遠隔地で『分身』として再現される。こっちにいながらにして、離れたところに存在が感じられることを利用して事業化にできると、私たちが今やっている航空輸送サービスの事業とも整合性がとれる。それが「デジタルが生み出す新しい『心の翼』」となるのです。
前後しましたが、現在のANAグループの経営理念は、「安心と信頼を基礎に 世界をつなぐ心の翼で 夢にあふれる未来に貢献します」です。これは2013年に定めたもので、ここに『心の翼』という言葉が出てきますが、「航空会社」とか「運輸業」という言葉は一切入っていません。『世界をつなぐ心の翼』というところでビジネスのコアを表していますが、ドローンプロジェクトもアバター事業も、コアのところでは企業理念に合致しているのです。
アバター技術とは遠隔存在伝送技術と言い換える事ができますが、実存している存在が遠隔地で『分身』として再現される。こっちにいながらにして、離れたところに存在が感じられることを利用して事業化にできると、私たちが今やっている航空輸送サービスの事業とも整合性がとれる。それが「デジタルが生み出す新しい『心の翼』」となるのです。
前後しましたが、現在のANAグループの経営理念は、「安心と信頼を基礎に 世界をつなぐ心の翼で 夢にあふれる未来に貢献します」です。これは2013年に定めたもので、ここに『心の翼』という言葉が出てきますが、「航空会社」とか「運輸業」という言葉は一切入っていません。『世界をつなぐ心の翼』というところでビジネスのコアを表していますが、ドローンプロジェクトもアバター事業も、コアのところでは企業理念に合致しているのです。
7. Avatar in事業(ANAホールディングス初のスピンアウト企業による取り組み例)
――アバターについては、とても積極的な展開をされたと思います。
荒牧:アバタープロジェクトは、2018年に正式に立ち上がりました。そこで実証実験を産官学で進めるとともに、将来に向けた『アバターの社会インフラ化』をビジョンで表した「ANA AVATAR VISION」を発表しました。
翌2019年には「アバター準備室」をつくって事業化の準備を進めました。先ほどお話しした『どこでもドア』の発想を提案した若手社員二人がこの事業をスピンアウトさせ、ANAホールディングス出資の下でavatarin(アバターイン)株式会社が設立されました。
翌2019年には「アバター準備室」をつくって事業化の準備を進めました。先ほどお話しした『どこでもドア』の発想を提案した若手社員二人がこの事業をスピンアウトさせ、ANAホールディングス出資の下でavatarin(アバターイン)株式会社が設立されました。
――ANAで進めるアバターの仕組みについて、かいつまんで教えてください。
荒牧:同社が考えるアバターは、社会課題解決のために遠隔存在伝送技術を使ったロボットです。そこではロボティクス、AI、VR、通信、触覚技術などの先端技術が結集しています。遠隔地に置かれた遠隔操作ロボットを用いて、こちらにいる人の「意識・技能・存在感」を伝送させ、向こうにいる人々とつながり、コミュニケーションや作業を行う仕組みです。自分の代わりに『どこでもドア』を通り抜けて、行きたい場所にいけるロボットを「newme(ニューミー)」と呼んでいます。それは、これまで同社が行ってきた実証実験の結果をもとに、高画質、首振り機能、折り畳み式、軽量化、カスタムデザインなど、社会への普及に必要な機能を備えたリアルなアバターロボットなのです。
自分の分身となる「newme」に、こちらの存在や意識を伝送することで、向こう側と物理的な距離を越えたコミュニケーションがとれます。まだ実験段階のものもありますが、本講座では、具体的な「newme」の活用シーンについてもお知らせしたいと思っています。
自分の分身となる「newme」に、こちらの存在や意識を伝送することで、向こう側と物理的な距離を越えたコミュニケーションがとれます。まだ実験段階のものもありますが、本講座では、具体的な「newme」の活用シーンについてもお知らせしたいと思っています。
――アバターとともに「メタバース」も話題となっています。
荒牧:はい。ユーザーがアバターの姿になって社会生活を送れる仮想世界「メタバース」を展開しているバーチャルトラベルプラットフォームは、たとえば海外の方が京都に行かずして京都を満喫できる仕組みです。
仮想世界であるメタバースの中の京都で旅歩きし、お土産を購入することができます。仮想の京都を体験していただき、結果的には、本当に「自ら京都行ってみたい」と思っていただけると旅行需要が作れます。最近、メタバースはバズワードになっていますが、2021年5月に設立された ANA NEO株式会社の発想はコロナ前から色々研究してきていたもので、本講座が開催される頃にはもう少し突っ込んだ話ができると思っています。
仮想世界であるメタバースの中の京都で旅歩きし、お土産を購入することができます。仮想の京都を体験していただき、結果的には、本当に「自ら京都行ってみたい」と思っていただけると旅行需要が作れます。最近、メタバースはバズワードになっていますが、2021年5月に設立された ANA NEO株式会社の発想はコロナ前から色々研究してきていたもので、本講座が開催される頃にはもう少し突っ込んだ話ができると思っています。
――バーチャル空間で京都を体験した人が、海外からANA便で京都に来てくれるといいですね。
荒牧:そこが期待しているところですが、どうなることでしょうか。日本に就航している航空会社はいっぱいありますから、ロンドンやパリに居ながらにしてバーチャルに京都を体験した人がANAに乗ってくれるかは保証の限りにありません。ただ、海外のユーザーに「ANAはイノベーティブな航空会社で、他にはない面白いエアラインなので、一度乗ってみたい」と思ってもらうことが、最終的にご搭乗に繋がると思います。お客様に提供する世界観を通して「ANAと接することでワクワク感が感じられる」と思って頂けて、その結果、「せっかく京都に行くのならANAで行きたい」と思っていただけるとありがたいですね。
さきほどのアバターもそうですが、遠隔仮想空間で何かを体験できるメタバースは、世界中のいろんな人がいろんな形で実装してくると思います。その競争の中でANAならではの世界観をどう表現するか、そこが成功のポイントだと思っています。
さきほどのアバターもそうですが、遠隔仮想空間で何かを体験できるメタバースは、世界中のいろんな人がいろんな形で実装してくると思います。その競争の中でANAならではの世界観をどう表現するか、そこが成功のポイントだと思っています。
8. ANAデジタル変革室を中心とした協創型プロセスへの変革
――このコロナの難局を乗り切るには、やはり人財がカギとなるのでしょうか。
荒牧:今までお話ししました通り、私たちはデジタル技術を駆使して『心の翼』を実現する仕組みに取り組んでいます。心の翼ですから、取り組みを進めるにあたって一番大事なのは人財です。現在、DXを推進する人と組織の変革を進めています。
今、デジタル人財は世界中で取り合いになっていると思います。プログラミングができるだけではなく、AIのことがわかる、ブロックチェーンがわかる、メタバースの世界を理解できて実装できる、そういう人財は国内でも引っ張りだこになっています。
ただ、ビジネスをデザインできる人財、テクノロジーを実装できる人財だけでは業務は回りません。最終的に価値を提供すべき対象は『お客様』で、そのお客様に一番近いところ、サービスフロントにいるスタッフ自身が、それぞれの業務をデジタルで変革できるようにするためにどうしたらいいのか、そこを考えています。
今、デジタル人財は世界中で取り合いになっていると思います。プログラミングができるだけではなく、AIのことがわかる、ブロックチェーンがわかる、メタバースの世界を理解できて実装できる、そういう人財は国内でも引っ張りだこになっています。
ただ、ビジネスをデザインできる人財、テクノロジーを実装できる人財だけでは業務は回りません。最終的に価値を提供すべき対象は『お客様』で、そのお客様に一番近いところ、サービスフロントにいるスタッフ自身が、それぞれの業務をデジタルで変革できるようにするためにどうしたらいいのか、そこを考えています。
――改めて、デジタルリテラシーが問われるのですね。
荒牧:はい。ANAグループの社員には全員にデジタルリテラシーが求められていると思います。今年度から教育体制を強化し、デジタルリテラシーを上げるための全社員向けの教育も集中的に設定しています。同時に、各部門にて業務改革の要件をまとめて、システムを実装し使いこなすためにデジタルの知識を持って職場をまとめる役目のスタッフを、数年かけて精力的に育成しようと思っています。
私の担当のデジタル変革室には100人ほどのスタッフがおり、グループのシステム会社には約900人のスタッフがいますから、合わせて1,000人の部隊になります。その1,000人でフロントスタッフと一緒になってビジネスを可視化して課題を解決する絵を描けるビジネスデザイナーと、それを実装できるエンジニアをコンビにしてチームにしています。
もちろん社内だけでできることは限られていますから、外部のITパートナー、通信キャリア、大学、研究機関、異業種の企業、自治体、スタートアップと、案件ごとにチームを組んで進めます。外部とは受発注関係というより、同じ課題に対してそれぞれの持つ強みを出し合い、構想を実現していこうという協創パートナーのスタンスを大事にしたいと話しています。
私の担当のデジタル変革室には100人ほどのスタッフがおり、グループのシステム会社には約900人のスタッフがいますから、合わせて1,000人の部隊になります。その1,000人でフロントスタッフと一緒になってビジネスを可視化して課題を解決する絵を描けるビジネスデザイナーと、それを実装できるエンジニアをコンビにしてチームにしています。
もちろん社内だけでできることは限られていますから、外部のITパートナー、通信キャリア、大学、研究機関、異業種の企業、自治体、スタートアップと、案件ごとにチームを組んで進めます。外部とは受発注関係というより、同じ課題に対してそれぞれの持つ強みを出し合い、構想を実現していこうという協創パートナーのスタンスを大事にしたいと話しています。
9. デジタル教育制度とデジタル人財の成長支援
――1,000人の部隊が力を発揮できると凄いですね。
荒牧:1,000人のスタッフは、デジタル変革のために入社してきて、その役割を牽引するマインドセットのあるメンバーです。初期教育から専門性の習熟、そして高度専門人財として活躍するためのステップを明示したキャリアパスと教育の体系を作って、時間を掛けてスキルアップしていく成長支援体制を整備しています。
一方、全社員向けのデジタルリテラシー教育も7月から本格的に始まりました。これらのデジタル教育カリキュラム全体を『ANAデジタルレゾナンス』と名付けました。レゾナンスとは「反響」とか「共鳴」という意味があります。一般社員から高度専門人財、パートナーの皆さんに至るまで、みんなが共通言語で共鳴・共振していければ、間違いなく新しい価値が生まれる、そんな思いを込めたネーミングです。
一方、全社員向けのデジタルリテラシー教育も7月から本格的に始まりました。これらのデジタル教育カリキュラム全体を『ANAデジタルレゾナンス』と名付けました。レゾナンスとは「反響」とか「共鳴」という意味があります。一般社員から高度専門人財、パートナーの皆さんに至るまで、みんなが共通言語で共鳴・共振していければ、間違いなく新しい価値が生まれる、そんな思いを込めたネーミングです。
――確かに、デジタルレゾナンスは、耳にしたことがありませんでした。
荒牧:言葉の使い方には、ちょっとこだわりました。ANAでは今年度から『人財成長支援』という表現を使い始めました。普通に言うと『人財育成』、あるいは『人財開発』という言葉になると思います。今回、ANAデジタル変革室とANAシステムズに『人財成長支援チーム』という同じ名前の組織を立ち上げ、全体観を持って体系化された教育カリキュラム『ANAデジタルレゾナンス』の運営を始めました。いろんな形でレゾナンス=共鳴・共振するようにと思っています。
育成とか開発という言葉は、会社でこれぐらいの人財が必要だから育成しよう、社員が入ってきてスキルがないから開発しようとか、会社目線の言葉です。大事なのは、デジタルスキルを身につけて自分のキャリアを磨きたい、ステップアップしたいという社員の思い・成長意欲です。成長意欲が根底にないと、素晴らしい教育プログラムを作っても押し付けになってしまいます。成長したいという意欲がある社員を会社は全面的に支援する、それが『人財成長支援』という表現に込められています。
ですから、自発性も非常に重要です。案件によっては社内公募して手を挙げてもらうなど、これからの会社人生の中でどういうことで飯を食っていくのか、自己実現していくのかっていう思い・夢を膨らましてほしいです。
育成とか開発という言葉は、会社でこれぐらいの人財が必要だから育成しよう、社員が入ってきてスキルがないから開発しようとか、会社目線の言葉です。大事なのは、デジタルスキルを身につけて自分のキャリアを磨きたい、ステップアップしたいという社員の思い・成長意欲です。成長意欲が根底にないと、素晴らしい教育プログラムを作っても押し付けになってしまいます。成長したいという意欲がある社員を会社は全面的に支援する、それが『人財成長支援』という表現に込められています。
ですから、自発性も非常に重要です。案件によっては社内公募して手を挙げてもらうなど、これからの会社人生の中でどういうことで飯を食っていくのか、自己実現していくのかっていう思い・夢を膨らましてほしいです。
――最後に本講演を受講する聴講者に伝えたいメッセージがあればお話ください。
荒牧:私たちは今、これまでの人が誰も通ったことのない道を歩いています。しかも次々と難題が押し寄せてきます。それでもANAでは『心の翼』という経営理念に繋がる形で、これまでの常識にとらわれない事業を模索していけばきっと道は拓ける、と思っています。
ANAグループが進めているアバター事業、メタバースの展開も準備・検証が進み、事業としての形が見え始めています。アバターやメタバースの世界で最先端を進んでいるのには理由があります。そのあたりも、本講演では最新事例を通してお話ができたらいいなと思っています。
ANAグループが進めているアバター事業、メタバースの展開も準備・検証が進み、事業としての形が見え始めています。アバターやメタバースの世界で最先端を進んでいるのには理由があります。そのあたりも、本講演では最新事例を通してお話ができたらいいなと思っています。