クオリティフォーラム2021

登壇者インタビュー

GR事業とLI事業の拡大で新たな価値を創出
東レグループのサステナビリティ・ビジョン

東レ株式会社
取締役 専務執行役員の
須賀康雄氏に聞く

聞き手:伊藤公一(ジャーナリスト)
須賀 康雄 氏

須賀 康雄 氏

東レ株式会社
取締役 専務執行役員
経営企画室長
品質保証本部長
HS事業推進室統括

1980年4月 東レ入社
1990年9月 海外留学(マサチューセッツ工科大学)
2007年5年 技術センター(コンポジット開発センター)担当
生産本部(コンポジット生産)担当
2010年6月 常任理事 A&Aセンター所長
生産本部(コンポジット生産)担当
2013年6月 取締役 コンポジット事業部門長
A&Aセンター所長
2016年6月 常務取締役 複合材料事業本部長
コンポジット事業部門長
2019年6月 専任理事
在ヨーロッパ東レ代表 TEU社長
2020年6月 常務執行役員
在ヨーロッパ東レ代表 TEU社長
2021年6月 現職

1.「深は新なり」の信念で極限を追求

――東レが企業として他社の追随を許さぬ最も大きな強みはなんだとお考えですか。
須賀:ご存じの通り、東レは創業以来、革新的な素材を継続的に創出し、事業化・商品化して新たな市場を作り出し、世界中に事業展開し、事業拡大してきました。
「長期視点に立った研究・技術開発戦略」「コア技術を核とした多様な製品を創出する研究・技術開発力」による革新的先端材料の創出と、「グローバル」な事業展開です。
そのためには、長期の展望を持ち、10年後、20年後にどのような社会が到来するのかを自らが考え、予測し、新たな素材がどのように生きるのか社会に貢献するかという視点を持つことが重要となります。
長期視点での粘り強い研究・技術開発が世界を変えた例としては炭素繊維の開発があります。継続的な研究・開発が競争力の源泉となった例では水処理膜の研究があります。
――東レの研究開発における重要な考え方に「極限追求」がありますね。
須賀:はい。一つの技術を極めていった先に新しいものが生まれる「深は新なり」という信念です。文字通り、技術の極限を追求するというDNAですね。
例えば、超高強度炭素繊維の極限追求では、1970年代に破壊の起点となる欠陥の大きさをサブミクロンレベルに減少させました。80~90年代にはナノレベルにまで減少。この50年間で炭素繊維の強度は3倍に向上し、宇宙・航空産業用途などが生まれました。
極細繊維の極限追求には創業以来挑んできました。試行錯誤を重ねた末、40年以上前に特殊な口金技術で一本の太い糸の中に極細の糸を1000本近く作り、織布後に太い糸の成分を融かし去る技術を開発しました。
直径数ミクロンのマイクロファイバーは人工皮革やワイピングクロス材として衣料、自動車内装材、家具などに応用されています。

2.欠かせない「お客様との共創」過程

――品質面における取り組みで特筆すべき優位性はどのような点だと思いますか。
須賀:東レグループは素材メーカーですから、その製品が直接社会的な価値を生むことは少ないと思います。その代わり、例えば航空機用炭素繊維は部品メーカーで加工され、航空機メーカーで組み立てられ、それをエアラインが購入して乗客を乗せて運ぶことで初めて「速く、快適に、より少ない環境負荷で遠くに移動する」ことができます。
このように、素材メーカーでは、企業の使命である社会的価値を生み出すために「お客様との共創」というプロセスを経ることが不可欠であると思います。
――確かに、素材提供だけでは新たな価値創出をもたらすことはできませんね。
須賀:革新的な素材は、提案した用途や加工方法に賛同いただけるパートナーと一緒に形にしていくことで初めて、新たな社会価値の創出や市場創造につながると考えています。
実際、その手法を使い、ボーイングやユニクロといったベストパートナーと連携することで、航空機向けの炭素繊維や機能性衣料を創出してきました。
お客様とのこうした連携では、お客様の望む多様な機能や優れた特性を達成する技術力や提案力が欠かせません。加えて、その製品品質が世界中の東レグループのどこで製造しても、極めて高い一貫性のある供給を実現することが大切です。
こうした取り組みで得られた、東レグループの先端素材に対するお客様の強い信頼感の獲得と改善が、あるべき姿だと思います。

3.革新技術と先端材料で課題解決に貢献

――今回のテーマでもある、サステナビリティに対する貴社の基本的な考え方は。
須賀:サステナビリティは21世紀の世界における最重要の共通課題だと考えています。背景には、2050年に約100億人に達すると予測される人口増加や高齢化、気候変動、水不足、資源の枯渇化など、地球規模のさまざまな課題が相互に関連しながら深刻化している現状があります。
そこで、東レグループでは「わたしたちは、革新技術・先端材料の提供により、世界的課題の解決に貢献します」というサステナビリティ・ビジョンを掲げています。
――そのビジョンをどのように具現化していきますか。
須賀:東レグループは1926年の創業以来、一貫して「社会への奉仕」を存立の基礎とし、素材には社会を変える力があると確信し、今日まで歩んできました。
東レグループの使命は、世界が直面する「発展」と「持続可能性」の両立をめぐるさまざまな難題に対し、革新技術・先端材料の提供で本質的なソリューションを提供していくことにあると考えます。
ですから、掲げたビジョンの下、全世界のパートナーと共に、パリ協定や国連SDGs(持続可能な開発目標)をはじめとする世界的目標の追求のために、全力を尽くしていく考えです。

4.グリーンとライフのイノベーション

――中長期のさまざまな経営計画の中ではどのように落とし込まれていますか。
須賀:当社では、東レグループのサステナビリティ・ビジョンを2018年7月に策定し、2050年に向けて東レグループが目指す4つの世界像を示し、その実現に向けて取り組む課題を明らかにしています。
長期経営ビジョン「TORAY VISION 2030」はそのマイルストーンとして、2030年度に達成すべき数値目標を示しています。すべての事業セグメントにおいて、地球環境問題や資源・エネルギー問題の解決に貢献するグリーンイノベーション(GR)事業と、医療の充実と健康長寿、公衆衛生の普及促進に貢献するライフイノベーション(LI)事業 の二本柱で臨みます。
――中期的な経営課題にはどう取り組んでいますか。
須賀:「TORAY VISION 2030」を達成するための前段階として“プロジェクト AP-G 2022”「強靭化と攻めの経営」―持続可能な成長と新たな発展―という活動を進めています。
この活動では2022年度のサステナビリティ数値目標を設定しています。主な項目は、GR売上高・売上収益、LI売上高・売上収益、CO2削減貢献量、水処理貢献量、生産活動によるGHG排出量の売上高・売上収益原単位、生産活動による用水使用量の売上高・売上収益原単位――などです。

5.1兆円規模の売上創出を目指す新規事業

――サステナビリティ・ビジョン実現のために欠かせない条件はなんだとお考えですか。
須賀:社会的課題解決に貢献する2つの事業、つまり、GR事業とLI事業において、新たな需要を創出していくことです。
東レグループの先端材料・コア技術の発展がその背中を押します。特に新事業の創出・拡大については、全社横断的な取り組みである「Future TORAY-2020sプロジェクト」の推進がカギになるとみています。
その狙いは、2020年代に一つの事業領域を形成することが期待できる大型テーマに事業開発リソースを質・量の両面で重点的に投入して開発とビジネスモデル構築を加速することにあります。
――どれくらいの事業規模を想定しているのですか。
須賀:新規事業全体で2030年近くに1兆円規模の売上創出を目指しています。この目標に対しては、世界の気候変動対応政策の動向と関連する科学技術の発展をしっかり分析することが欠かせません。
併せて、多様なステークホルダーやパートナーとのコミュニケーションを活発化し、それらの情報をもとにサステナビリティ・ビジョンの実現を目指す研究開発を継続していきます。
この長期の新たなイノベーションに挑戦するための企業文化の深化と人財の強化にも取り組んでいかねばなりません。

6.新型コロナウイルス対策にも貢献

――実際の事業展開の中で、2つのイノベーションはどのように具現化されていますか。
須賀:GR事業では、EV向け車載コンデンサ用高耐熱・抗耐電圧二軸延伸ポリプレンフィルム「トレファン®新世代グレード」を開発し、2020年9月に本格生産を始めました。
同時期に世界最大級の膜面積を持つ中空糸膜型限外ろ過膜が中国・無錫市の大型排水処理場に採用され、本格稼働しています。同年11月にはバーレーン王国とアラブ首長国連邦の海水淡水化プラントに合わせて91m3/日の大規模な造水量を生む逆浸透膜を受注。
さらに、同年12月にはサステナブルな社会実現に貢献する環境配慮型ポリエステルフィルム「Ecouse®」シリーズを開発しました。
――LI事業における手応えはいかがですか。
須賀:新型コロナウイルス禍で医療用ガウンやマスク用途の不織布の出荷増により、前期比増収となっています。
主な取り組みでは、マスク用不織布の供給体制を国内外で新型コロナウイルス禍前の5倍(1億枚/月)に拡大しました。2020年5月には日本政府の要請に基づき、国内生産による医療用ガウンの納入を決定しました。
また、優れた洗濯耐久性と着用快適性を有する抗ウイルステキスタイル「MAKSPEC®V」を開発し、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のウイルス数減少効果を2021年3月に確認しています。

7.GR事業は4倍、LI事業も6倍の拡大目指す

――お話のあった「2030年に向けた数値目標」についての進捗状況はいかがですか。
須賀:まず、GR事業の2030年の売上高目標は2013年度を基準として、4倍増を目標としています。具体的には4631億円を約1兆8500憶円まで拡大させる計画です。 中期経営課題の最終年度となる2022年度は売上高1兆円(2013年度比2.2倍)を掲げています。ちなみに、2020年度の実績は売上高7118憶円(同1.5倍)でした。
2019年度は売上高8201憶円(同1.8倍)で、昨今の市況が響き、前年度より厳しい結果となっています。
――LI事業の展開には、新型コロナウイルスの蔓延が影響を及ぼしそうですが。
須賀:LI事業の2030年度の売上高目標はGR事業と同じ算定方式で6倍増を掲げています。具体的には1196憶円を7200億円まで拡大する計画です。
2022年度は売上高3000憶円(2013年度比2.5倍)を見込んでいます。2020年度実績は売上高2756億円(同2.3倍)でした。
2019年度は売上高2232憶円(同1.9倍)で、2022年度の目標に向けて、順調に拡大しているという印象です。
その他の項目であるCO2削減貢献量、水処理貢献量、生産活動によるGHG排出量の売上高・
売上収益原単位、生産活動による用水使用量の売上高・売上収益原単位についても、それぞれ、2022年度、2030年度に向けての数値目標を設定し、着実に活動を推し進めています。

8.いかにして新たな事業を創出するか

――これまでの活動を踏まえた課題はなんですか。それをどのように解決していきますか。
須賀:大切なことなので繰り返しますが、東レグループは「わたしたちは新しい価値の創造を通じて社会に貢献します」という企業理念の下でさまざまな事業を展開してきましたし、これからもしていきます。
とりわけ、GR事業とLI事業については、2030年に向けて、大幅に拡大するように高い目標を設定しています。
サステナビリティ・ビジョン実現のための欠かせない条件のご質問でもお答えしましたが、この高い目標を実現するには、現時点ですでにある事業の拡大に加えて、新たな事業を創出していくことが必須となります。
――「Future TORAY-2020sプロジェクト」の推進ですね。
須賀:はい。このプロジェクトは新事業の創出・拡大に狙いを定めた、全社横断かつグループ挙げての取り組みです。この活動で着実に成果を上げていきたいと考えています。
誤解を恐れずに言えば、東レには「諦めが悪い」という伝統があります。長期視点で考え、超継続のDNAが受け継がれているわけですね。

9.世界的目標追求のために全力を尽くす

――本講演で聴講者に伝えたいメッセージがあればお話しください。
須賀:すでに述べたように、私たち東レグループの使命は、人口増加、高齢化、気候変動、水不足、資源の枯渇など、世界が直面する「発展」と「持続可能性」の両立をめぐるさまざまな難題に対し、革新技術・先端材料の提供で、本質的なソリューションを提供していくことにあると考えています。
例えば、利用済みPETボトルなどのリサイクル原料を用いて高い性能を実現したポリエステル(PET)繊維「&+」は、スポーツカジュアルブランドなどのお客様で高く評価され、さらなる拡大を目指しています。また、お客様の製造工程で使われたPETフィルムを当社が回収して新たなフィルム製品「Ecouse®」を創出し、お客様と一体になった取り組みで両社のGHG削減を実現しています。
このように、自らの成長によって、世界の持続可能性に負の影響を与えない努力を尽くすとともに、グループとして掲げた企業理念の下、グループでのカーボンニュートラルを実現しながら、全世界のパートナーと手を携えて、パリ協定や国連SDGsをはじめとする世界的目標の追求のためにも全力を尽くしています。
こうした世界的な課題の解決に貢献するために、東レグループが取り組む活動について、講演を通してご理解をいただければと思っています。