クオリティフォーラム2021

登壇者インタビュー

「勝ち残り」は「価値残り」に通じる
 東海理化が考える「日本のモノづくり」の現状と課題

株式会社東海理化 代表取締役社長の
二之夕裕美氏に聞く

聞き手:伊藤公一(ジャーナリスト)
二之夕 裕美 氏

二之夕 裕美 氏

株式会社東海理化
代表取締役社長

1984年 4月 トヨタ自動車㈱入社
11月 同海外生産部門配属
2003年1月 同生産調査部
2006年1月 TSAM(南アフリカ共和国)出向
2015年4月 同常務理事元町工場長
2016年4月 同生産管理本部物流領域長
高岡工場長
2017年4月 同常務役員生産企画本部長
同GAZOO Racing Company 生産担当
2020年1月 ㈱東海理化副社長
2020年6月 ㈱東海理化社長(第11代:現任)

1.部品の形が変わり、不要にもなる時代に

――自動車と、それを取り巻く環境をめぐる昨今の動きや変化をどのようにみますか。
二之夕:ありきたりの話ですが、コネクティッド、自動化、シェアリング、電動化、つまりCASEと呼ばれる変化が非常に急激に起きていると感じます。長くこの業界にいる者としては、かつての排出ガス規制のときよりもペースが速いと思います。
ユーザーに目を向けると、保有することに対する意識の変化が顕著ですね。オーナーカーでなくても、リースやシェアリングでいいじゃないかという考えが広がっています。
環境面では、世界中がカーボンニュートラルを目指す中でEV化の動きが一斉に加速している点も見逃せません。目標とされる2030年は9年後ですが、クルマの開発ペースから見ると、ほとんど「明日」なんですよ。
――「明日」に向けての手立ては。
二之夕:もう、企業単位ではだめ。業界全体の課題として取り組むべきです。そうなると、他社とは「競合」ではなく「協業」の精神で連携しなければなりません。
特に環境・カーボンニュートラルはまさに協業の領域です。
当社はエンジンもモータも作っていません。ですから、私が社長として来るまではEV化の波をあまり大きなものと捉えていなかったフシがあります。当然、ステアリングから主力製品のスイッチが減るとは考えてもいなかったはずです。
しかし、現実的にテスラ社あたりはさまざまなスイッチを液晶パネルに入れています。シフトレバーの操作もボタンに取って代わられる。つまり、今まであった部品の形が変わったり、場合によっては無くても済むようになる。それをどう乗り切るかは会社として検討すべき大きなテーマです。

2.部品メーカーにとっては「直下型地震」

――そうした認識を踏まえ、自動車製造業界の置かれた立場や果たすべき役割について、どのように考えますか。
二之夕:自動車製造業の立場が大きく変わることはないでしょう。あくまでも日本経済を支える基幹産業の一つだからです。ちなみに、日本における自動車産業全体の就業人口は約550万人と言われています。子どもを除けば、ざっと10人に1人の割合です。
非常に「すそ野」が広いことを意味します。しかし、その「すそ野」を眺めると、そのまま続くところと淘汰されるところに分かれていくとみています。
――淘汰されるとは。
二之夕:異業種の参入です。家電メーカーとかIT企業とかですね。われわれにとっては、他人事ではなく、まさに直下型地震に見舞われたのに近い変化です。
カーボンニュートラルも最初は温暖化防止、CO2削減で始まりました。その時、世の中はまだまだそれを自分事と受け入れる状態ではなかった。ですから、誰も動こうとはしなかったんです。
潮目が変わったのは、欧州各国がEVしか売れなくなると規制を出した、首相が日本として実質的なカーボンニュートラルの宣言を出した、急に日本の中が変わってきた、エネルギー関連会社・商社等の大企業が動き始めた、そういう中でいわゆるグリーンクレジットという新しいビジネスが認知され、それに向かって色々会社がアプローチを始めたからです。私がトヨタ自動車にいた時は工場は生産技術でひたすらCO2を減らそうとしていました。グリーンクレジットなんか殆どなかったし、頼るのは最後の手段だと。
つまり、製造業が追い求めてきた愚直で真面目なこれまでの手法だけではカーボンニュートラルの達成は困難になってきた。そういう認識を業界全体として持つ必要があるのではないかと思っています。

3.多くのコア技術を持つ強みを発揮せよ

――自動車会社から部品メーカーに転じて、この会社をどのように率いていこうと思いましたか。
二之夕:端的に言うと、自動車会社はクルマを媒介にするビジネスです。これに対し、部品メーカーは各社に部品供給するというオペレーションで動いています。しかも、自分たちのコア技術で勝負できる。その点に大きな可能性を感じています。つまり、全ての自動車会社にチャレンジできる。しかし、弊社はコア技術と呼べるものが弱い。
そこで、就任時のあいさつでは「崖っぷち」という言葉で、生き残りや勝ち残りに向けた意識を持ってもらうようにしました。
そのための手立ての一つがオンリーワンを持つことです。「それがないと何もできない」というくらいのコア技術を高めることです。幸い当社にはそうした強みがいくつもあります。その力に期待しています。
――創業以来培われた技術で可能性を広げ、生き残りをかけるという筋書きですね。
二之夕:はい。しかし、それは当社だけの力で達成できるわけではありません。創業以来お世話になっている協力会社とどう手を携えていくか。そこがカギです。例えば、当社の仕事の60%は協力会社に委ねられています。そのうちの70%は中小企業です。
ここが競争力をつけなければ当社の力にもなりません。よく言われることですが、日本を支えているのは中小企業です。ただ、支えてくれてはいるものの、力が弱い会社もある。
ですから、互いに切磋琢磨しながら協力会社のみなさんの力を強くしていくことが当社の社会的な責任であり、使命でもあると思っています。

4.怒ったりキレたりしても人は動かない

――トヨタ自動車時代には「改善」に深く関わっておられましたね。
二之夕:在職中の個々の事例よりも印象に残っているのは、トヨタ生産方式(TPS)の導入企業に一人で放り出された時のことです。TPSを導入したら瞬間的に良くなったけれども、元に戻ったというような会社に入り込んでもう一度一緒に考えるという実践的な仕事です。
TPSはシステムとか仕組みづくりではありません。悪さを見える化し、手を打って潰す。それを繰り返すことで日々現場を強くしていくことです。よく引き合いに出されるかんばんは道具の一つであって、決してTPSそのものではないと思っています。
――一種の布教活動のようなものですか。
二之夕:布教とか指導とかいう上から目線ではなく、一緒に学ばせてもらう場と捉えていました。実際、非常に良い勉強をさせてもらいました。
結局、TPSを根付かせるためには管理職だけでなく現場のリーダーを育てることが大事です。そういう人がいる会社は非常に強いですね。
私が担当した会社のダイキン工業さんやミズノさんは熱心にトップから現場まで耳を傾けてくれ、一緒に苦労し、成果を上げてくれました。ダイキン工業さんは当時の組長が全員部長になっています。つまり生産のリーダーになってくれています。
この時学んだのは、うまくいかなくても怒ったりキレたりしないこと。怒っても決して人は動かない。社内でも自省を込めて心がけていることです。でも叱ってはいます。

5.実感として分かりやすく伝わる工夫を

――協力会社などのパートナー企業との取り組みで重視しているのはどんなことですか。
二之夕:仕組み導入に走らないこととと「何が変わったか」を従業員に実感してもらうことです。例えば、残業時間が減った、不良品の数が減ったということです。
生産台数が変わらないのに土日に出てこなくてもよくなった、不良品を入れる赤い箱の中ががらんとしている。これらは実感できる変化です。
要するに「あれ? なんか良くなってきたな」と感じてもらうことが大切です。グラフの前で90%が91%に上がったと説明するより、土日に出勤しなくてもよくなったという方が身をもって理解しやすいんです。
――実感させた後の駒の進め方は。
二之夕:そういうものの見方や考え方、捉え方が根付いた後で、例えば、ロットサイズを少しずつ小さくしましょうと促すんです。そうすると在庫が減るのも分かる。よりリーンで筋肉質の現場にする。これを初めから「在庫が多いからロットを半分に減らそう」とやると反発を食らう。
併せて、休憩所の居心地を良くしたり、トイレを小ぎれいにしたり、食堂のご飯をおいしくしたりする。そうすると「会社は私たちのことを思ってくれている」と感じてもらえるはずです。これもトップの大切な仕事の一つだと思います。

6.手順書や要領書は従業員の母国語で

――現場力を高めるためにパートナー企業と連携して行っている具体的な取り組みや心がけていることなどをご紹介ください。
二之夕:TPSの基本は無駄を排除して原価を下げるという考え方です。そのための手立てとして不良品を出さない、作業をやり易くし、生産性を上げるということに力を入れています。要するに楽をしてもらいましょうということです。
一方、モデルラインを作って改善して、横展開するという取り組みがあります。しかし、あまりうまくいった試しがない。なぜか?フロア全体、建屋全体の規模でないと効果が出ないからです。逆に、フロア全体までやり切ったところは成果を出しています。
――人の面ではいかがでしょうか。
二之夕:こういう時代ですから、仕入先さんなどの多くは外国人労働者を雇用しています。ところが、どういうわけか彼らに対して抱く日本人の概念は画一的なんですね。
事実、とりあえず英語の手順書を用意すればどんな国の人にも使えると考えている会社が多いんです。ところが大半はタイ、ベトナム、インドネシアといったアジア圏です。
当然のことながら、彼らには通じません。だったら、それぞれの母国語で手順書や要領書を用意すべきです。通訳がいなくても3年の実習を終えてまもなく母国に帰るリーダー級の労働者に自分のしてきたことを書いてもらうという手もあります。

7.自動車以外の領域で勝負に挑む試み

――従来の事業部とは別系統で「ニュービジネスマーケティング部」を発足させた狙いとその成果をご紹介ください。
二之夕:狙いの一つは「脱自動車」です。要するに、自動車に関連する事業以外の領域で勝負できないかということです。
ティア1として自動車会社と付き合っていると、自ずと指示を待つ姿勢になるんですね。本音ではこちらからいろいろ提案したいんだけど、ティア1という立場だからなかなかできない。
そこで、B to C的な領域を勉強するために立ち上げたのが「ニュービジネスマーケティング部」です。組織的にはトップの直轄にして既存事業から営業部門も切り離しました。
自動車だと開発に向けた標準の日程があるのでそれに合わせて造り込むのが常道です。しかし、B to Cはスピード感が違います。例えば、自動車なら3カ月の余裕のある試作を3週間で持ってこいと言われる世界です。だから、それに合わせた動きを求められる。
――そういう新たな動きは社内にどのような変化をもたらしましたか。
二之夕:むしろこれからになりますが、従業員の中のサイレントマジョリティが社内の変化を感じてくれることを望んでいます。発足時に募った社内アイデアには1700件の提案が寄せられました。そのうちの10件をなんとかモノにしたいと思っています。
もともと当社には実直な人が多い。だから、平時はすべてがスローと私は思っています。ところが、ヤバいとなると平時の100~1000倍のスピードで動く。そういう底力があります。
それが分かっているから、この会社は有事を起こせばスピードアップが期待できると踏んだ。それが一人ひとりの意識の上に波及していくことにも期待しています。
もちろん、有事といっても不良品を出したり、お客様に迷惑をかけたりするということではありません。その意味で「ニュービジネスマーケティング部」は良いカンフル剤になったのではないかとみています。

8.DXは「有事化」の手法の一つ?

――加速するデジタルトランスフォーメーション(DX)の動きに対して、どのように考え、日々の業務の中でどう対応していますか。
二之夕:誤解を恐れずに言えば、DXがなくても事は進むと思います。開発から生産までの流れの中で、これまでのように図面を引いて、紙に打ち出して、型を起こして……という作業を続けていく限り、モノは作れます。従って、狭い意味でのDXはいりません。
だから、トップがレールの向きを変えない限り、モノづくりという列車はトコトコ前に進めるはずです。要するに、現実に仕事はできる。大切なのは現状に甘んじないで、仕事のやり方を変える。それを強く言い続けることです。
そう考えると、DXは意図的な有事化の手法の一つと言えるかもしれませんね。
――DXの有効活用にはマネジメント力が問われそうですね。
二之夕:その通りです。DXを推進するためには莫大なコストがかかります。かけた分、100倍儲かるかというとそうはいかない。儲けるためには、例えば開発から生産までのリードタイムを半分にすれば同じリソーセスで倍のお客様にアプローチできます。そういうふうに仕事を増やしていくべきです。

9.「おばあちゃんの七面鳥」に学べ

――本講演で聴講者に伝えたいメッセージがあればお話しください。
二之夕:すべての会社には創業の精神がDNAとして引き継がれていると思います。一般的に、多くの企業は成長過程で死に物狂いの時期を経ていますが、規模が大きくなると自ずと創業時のチャレンジ精神が薄れてきます。
当社も例外ではありません。そこで、先人の気持ちを伝える小冊子を作りました。8ケ国語にして海外事業体にも伝えていきます。その考え方の一端をお話しできればと思っています。
――タイトルは『東海理化イズム』。名は体を表すですね。
二之夕:小冊子は難しい言葉ではなく、努めて優しい言葉で綴るように心がけました。トヨタ時代は難しい言葉で話す部署にいたので真逆の世界。
もうひとつお話ししたいのは、
「世の中で起きている事はたいてい誰かに教えられたことである。だから、人はその本質を深く考えなくなってしまう」ということです。
これは「おばあちゃんの七面鳥」に学ぶ必要がありますね。
では、このコメントが「意図する心」は何か。その答えは、講演をお楽しみに。