クオリティフォーラム2020

登壇者インタビュー

トヨタ自動車九州における機械学習人財の育成

トヨタ自動車九州㈱ 経営企画本部 副本部長 川原英司氏に聞く

聞き手:安隨 正巳(日本科学技術連盟 品質経営推進センター 部長)

川原 英司 氏

1962年 福岡県大牟田市生まれ。
1982年 トヨタ自動車株式会社に入社。
1982~1992年 エンジン工場2拠点で品質管理業務を経験。
1992年 トヨタ自動車九州設立に伴い転籍。
1992~2012年 車両工場品質管理(新車の生産準備と立ち上げ~量産品質の維持改善、10車種の立ち上げを担当)
2012年~ 品質保証部長として、お客様品質保証業務を担当。TQM強化とデミング賞挑戦への企画を立ち上げ
2015年~ 車両工場工務部長として、工場運営(稼働・物流・要員・原価等)を担当。デミング賞受審。
2018年~ エンジン工場・ハイブリッドユニット工場の工場長。デミング賞大賞受審。
2020年~ 経営企画本部の副本部長として、TQMと品質保証を担当。

1.トヨタの現場で培われた品質の重要性

――まず、トヨタ自動車九州に入社されたきっかけをお教えください。
川原:私は、トヨタ自動車に就職して10年間、愛知県で品質管理業務に従事しました。その後、トヨタが九州に工場を作ることになり、私自身、福岡県出身でしたので、手を挙げてトヨタ九州立ち上げに参加しました。なので、トヨタ九州の立ち上げ時から現在まで勤務していることになります。
――なるほど。トヨタ自動車からの転籍だったのですね。
川原:はい。トヨタは、やる気や実践力を重んじる会社だということを聞いて入りました。工場の品質管理部門に配属され、入社時点から「お客様第一」「現地・現物・現実」「良い品よい考」を自然にかつ徹底して叩き込まれました。そのためか、今でも現地へ行って自分の目で確かめないと納得できない自分がいますね。私には、社風や文化が肌に合っていて入ってよかったなと思います。
――トヨタ自動車九州では、どのようなお仕事を歴任されたのでしょうか。
川原:愛知のトヨタ時代の10年間は、エンジン工場で品質管理を担当しました。トヨタ九州に移ってからは、車両工場の品質管理担当として、新型車の生産準備と立ち上げ~量産品質の維持・改善までを担いました。10車種くらい立ち上げたでしょうか。その後、品質保証部長としてお客様に販売したクルマの品質保証業務と、宮田車両工場の工務部長として工場全体の稼働運営(稼働計画・物流計画・要員管理・原価管理など)を、直近の2年は、エンジンの苅田工場とハイブリットユニットの小倉工場の工場長を務め、今年1月から経営企画本部でTQM推進と品質保証を担当しています。

2.トヨタ自動車九州のデミング賞への挑戦

――貴社は、2015年にデミング賞、2019年にデミング大賞を受賞するなど、産業界でのTQM推進トップランナー企業として評価されています。
川原:会社としてデミング賞挑戦を決めた当時、私は品質保証部長として、デミング賞挑戦への企画の任をうけ社内で立ち上げました。その後、部署を変わってデミング賞は宮田工場の工務部長の立場で受審し、デミング大賞受審時は苅田・小倉工場長として別の立場で臨みました。3つの立場と視点でTQM活動強化の牽引役をできたことは視野思考の拡大につながりラッキーだったと思います。
――そして、今年から社内のTQM推進責任者として活躍されています。
川原:私は、どんな仕事を任命されてもよい、やりがいのない仕事なんてないというスタンスなんです。また、其々の担当分野でTQMを懸命に取り組んできましたし、違和感なく「来たか。やりがいがあるな!」という気持ちでした。また、デミング賞と大賞への挑戦で多くの成果は得られましたが、私の目線からは浸透のばらつき等もっとレベルアップしたいところがみえてもいました。改善には終わりはありませんし、停滞は衰退に繋がりますので、やりがいある良いチャンスをいただいたなと思っています。
――デミング賞への挑戦を通じて、得られたものはたくさんあったと思います。
川原:多くの良い変化はありますが、役員間や機能間の会話や議論が明らかに増えて社内連携が良くなったこと、一体感が増したことが一番感じていることです。

3.コロナ渦での変化


――新型コロナウイルスの感染拡大の影響はどうでしょうか。
川原:生産や関係各所への影響は大きいです。一方そんな中でも、仕事自体に目を移すと、やりづらくなる部分よりはアフターコロナでの可能性を大きくできると感じています。
コロナ渦により、リモートで仕事や会議ができる環境が一気に広がりました。今までより、必要な人が必要な時にリモートで集まり議論し易くなりました。やって慣れてみると面着だけが必ずしもベストではないこともわかってきました。現地現物面着でやるべき場面と、リモート活用が効率良い場面と、うまく使い分けることでトータルでの生産性向上やパフォーマンス発揮や成長につながると感じています。
また、コロナ前はフル生産が続きで、その間に各職場で十分に取り組めていなかったことも、できた時間や余力を活用して一気に挽回し先に進めることにも取り組んでおり(教育、訓練、多能工化、改善、生産性向上)体質改善の良いチャンスとも捉えています。
――まったく、マイナスには考えておられないですね。
川原:はい。長期目線でプラスにすることを考えています。
リモート化には、然るべき投資が必要となります。生産量が落ち込む中で経理部門は投資の意思決定をしづらい部分があるのは事実です。ここでTQM活動の成果を感じました。
――と言いますのは?
受審活動を通じて、部門間の風通しのよさ、方向性の一致などの土壌ができていたからこそ、導入に対してスピーディな意思決定ができたということです。結果として、コロナ渦ゆえに一気に進んだリモート環境の拡大整備により、先々の仕事の生産性向上にプラスに生かせる環境になりました。

4.トヨタ自動車九州のTQM推進とデミング賞


――話は戻りますが。なぜデミング賞へのチャレンジをされたのでしょうか。
川原:もともと当社は品質にこだわる文化は非常に強く、生産を担っているラグジュアリーブランドのレクサスが高品質を有している証として、当時生産の6~7割が北米向けであったアメリカ市場で、JDパワー社の初期品質調査(IQS)による製造工場世界NO.1であるプラチナ賞の受賞を目指しました。結果、5回受賞することができました。
――それは、さすがですね。
しかし一方で、当社を取り巻く環境変化が起こり始めていました。グローバルでトヨタブランドの地産地消化(現地生産)が進み、高い品質が要求されるレクサスでも北米での現地生産が始まりました(カナダ・ケンブリッジ、アメリカ・ケンタッキー)プラチナ賞品質を旗印に頑張ってきた当社も、北米向けの生産が減少し、メンバーのモチベーション低下への影響もでるのではないかと考えていました。又、ユニットの2工場、生産技術部門、開発部門、と会社機能拡大やそれに伴う従業員増加も進んでいました。
2014年、二橋社長(当時)から、環境変化や機能拡大・人の増加などの大きな課題解決に向け機運を高め一丸となって取り組むためにも「TQMをもう一度しっかりやろう。デミング賞へ挑戦してはどうか」とピンチをチャンスにするための提案がありました。
――受賞までのプロセスで最も苦労された点はなんでしょうか。
川原:まず「TQMとはなにか」を、活動をリードする幹部に腹落ちして貰うことです。
人によってTQMに対する感覚がまちまちでした。「経営とは」、「ビジョンとは」、「方針とは」といったところから価値観を共有すること、腹落ちしてもらうことに注力しました。
――最も重要な部分ですね。
川原:フレームワークの作成、見える化、トヨタ九州のTQMの枠組み、ビジョンの再設定など、全員が同じ価値観、ベクトルで進むことを目指し、各所で議論を繰り返しました。
それと、大きな課題としていたのは「スピード感」です。当社設立当初は、生産ライン1本での車両生産だけでしたので、自然と一致団結できていてスピード感もあって、それが自慢でもあったんです。しかし、会社規模が当初の約4倍になると、さすがにひとりひとりの顔が見え難くもなり、同時にスピード感の低下を感じていました。それがデミング賞への挑戦を通じて復活してきたと感じています。
――デミング賞を受賞して、会社では何が変わりましたか?
川原:縦横斜めの議論や接点が強くなり、一体感とスピードが増したことです。仕事の最前線のメンバーからみても向かうべきゴールや優先順位がより分かりやすくなったではないかと思います。その結果、ビジョンや方針達成に向けてより効果的な動きが効率よくできるようになってきたと感じています。

5.時代変化の認識と機械学習

――100年に一度の大変革期と言われる経営環境の中、2030年に向けたビジョンを策定されました。
川原:2025年のビジョン(V25)を作り終わった時期に大変革が起こり、2030年に向けたビジョン(V30)を作り直しました。V25一度で課題認識はできていたので、役員間での激論を経てスムーズに進んだように思います。今、起きていることは、コロナ関連を除けば当時議論した環境予測からはそう大きくずれていません。
――読み通りということでしょうか。
川原:以前までは、自分たちからみえている環境からのプレゼントプッシュ的発想に偏重しがちだったのが、デミング賞へのチャレンジで議論を重ねる中で、フューチャープル側の思考分析ができるようになっていったからではないかと思います。
――顧客価値創造に関して。
川原:実はこれまで、意識して「顧客価値創造」という考え方を中心に置いて動いていなかったのですが、結果として、我々の行動は、以前から脈々と顧客価値創造を自然に実施していたことがたくさんあったことに気づきました。
これまでの我々は、最高品質のモノ(クルマ)をタイムリーにできるだけ安くお客様に届けることに注力してやってきました。それを(レクサス車を)生み出すためのプロセス、例えば、生産スタッフがやっている行動やこだわりや、すべての仕事現場の思いやこだわりや行動が、コト価値につながっていることがたくさんあり、それらを繋ぎ合わせて表面化することを起点に顧客価値を生み出せるのではないかと考えています。例えば、当社ではレクサス販売店やオーナー様専用の工場案内があり、そこではレクサスを造る現場のライン測をトラムで案内しながら“レクサスづくりへの思いやこだわりや匠の技”を中心にご説明するプログラムがあります。海外からも含めて多くの販売店の方々やオーナー様が見学に来られますが、お褒めいただくお言葉の多くは、我々が取り組んでいる“コト”なんです。そういうところから思考を広げていきながら、今先頭を走られている顧客価値創造企業様が実践しているようなコト価値への取組みのステップへ進んでいきたいと思っています。
――これから、トヨタ自動車九州はどう変わっていくのでしょうか?
川原:当社は設立から29年、愚直にモノづくりを追究してきた、いわば“モノづくりオタク”です。コトへの思考回路拡大を目指しもっと顧客価値を高められるよう成長していきたい。もちろん、レクサスのブランド価値に対して、トヨタ九州がどう貢献していくか、新しい魅力を高めていく必要があると感じていますし、そのために機械学習は欠かせないものだと言えます。また、コト価値への取り組みは、クルマ(モノ)だけではなく企業市民としての貢献も、もっともっとできるようになれると思います。

6.機械学習への期待と可能性


――「機械学習」について、どのように重要性を位置付けておられるのでしょうか?
川原:SQC手法による問題解決は、過去の知見などの固有知識に基づき、母集団からサンプリングを行い解析します。そのために固有知識の範囲での結果となるのが一般的です。一方、機械学習は解析手法の制約が少なく、直接、母集団データを解析できるため、固有知識では思いつかなかったヒント(新たな知見)を得られる可能性があります。これにより、新たな良品条件、バラツキの縮小、予測、予兆が導き出せると考えています。
――「機械学習」の実践状況は?
川原:まだまだこれから、というのが実態です。既存工程にデータ収集のための機器を後付けするには莫大な費用が発生しますが、ハイブリッドユニットの小倉工場など新しい工程導入時にはデータ収集の仕掛けを織り込んだ工程設計をしています。機械学習の能力向上だけでなく、データを収集する仕掛けも並行して進めていく必要がありますからね。ただ、認識しておかなければならないのは、工程から収集したデータ全てが活きるわけではないということです。例えば、1000個のセンサーを張り巡らされていても、目的によっては役立つセンサー(データ)は10個かもしれないということです。
なので、投資価値に対しても「費用対効果の読みや確実性」を優先に意思決定をしがちだったこれまでの思考を、これからは、会社組織として先ほどのことを理解したうえで将来を見据えた投資価値として判断していくような大きな思考や判断基準の変化も必要です。
――「機械学習」人財育成のための教育をいつから開始し、その成果はどのように感じていますか?
川原:当社はこれまで、問題解決、品質管理、SQC、については長年にわたり教育実践してきました。機械学習も問題解決の手段の一つとして、SQCの延長線上として活用するという考えで、まずは、2017年から推進者の育成として、トヨタグループや社外の機械学習に関する場に参加することで、知識~実践・指導・講師力を2年間かけて育成してきました。そのメンバーが社内で技術員育成を実施する2段階で進めてきており、上級・中級・初級と力量を定義し、人財育成教育プログラムを設定しています。
年々育成のスピードをもっと早めたい、というニーズが強くなりました。ただし、当社のようにモノづくりの場面での活用を主に考えると、いきなり機械学習ではなく、SQCを身につけてからのステップを踏んだ方が結果的には育成が早く進むと考えています。
――「機械学習」人財育成の成果が何か感じていますか
川原:いくつかあります。今回のクオリティフォーラムでの講演でも事例を紹介します。
当社はレクサス車を生産しています。高級車への期待値は当然高く、車内で違和感ある音が少しでも発生するとお客様苦情に繋がります。当社の完成車検査ラインには、世界の様々な悪路を再現したラフロードテスターを設置して異音の検査を全数実施していますが、それでもお客様からのご指摘が散見されていました、この問題解決に機械学習を活用して原因究明、対策し、成果が挙がった事例です。
この事例では現場の作業者さえも気づかなかった原因を機械学習により特定しています。また、生産情報(車種、仕様、仕向け)、検査結果情報、市場お客指摘等、バラバラにあったデータを一元管理したデータベースがあったからこそできたところもポイントです。

7.データ活用に必要な3つの能力


――機械学習、データサイエンティストがもてはやされています。ただ、現実はその実践に悩みを抱えている企業も多いと思います。こういった方々へのメッセージをお願いします。
川原:経営層や上司の理解があることが一番重要なことだと思います。TQMの推進と同じですね。世の中の潮流だからやれ、という進め方では失敗します。
業務で成果を出すためには以下の図の「3つの力」が必要になります。データサイエンスは、そのうちの一つでしかありません。
問題顕在化の為にデータサイエンスを使う目的が思考できる「ビジネス力」と、データサイエンスを使うための必要データを収集する「データエンジニアリング力」と、機械学習などデータを調理する「データサイエンス力」、この3つの能力を有しなければならないということです。

個人で3要素全てを有するのは非常に困難だと思われますので、組織やチームとして3つを補填して有し回せる環境整備が重要になります。また、データエンジニアリング力やデータサイエンス力分野は一企業だけで保有するには困難な場合も多く、社外組織と協業することも必要だと思います。場面やタイミングでどの形態をとるのか?は、自社の将来像を描きながら決めていけばよいのではないかと思います。ただし、3要素が交差する部分の相互理解と融合は成功のためのキーポイントだと考えています。
クルマの生産が事業の中心である当社の場合は、長期的には出来る限り自前で3つの要素を育てて活躍してもらうことを軸に、データサイエンス分野はその時々に応じて外部と協業することや委託することも必要で、それらを組み合わせていくイメージを持っています。それは「ものづくりの本質」を理解した人やチームが「機械学習などで出てきた結果を使いこなす(ブラックボックス化させない)」そんな本質的なものづくりの探求こそが、日本にものづくりを残していくためのあるべき姿の一つだと考えているからです。
データサイエンス力を持った人財はすぐには育ちません、なので自社だけではすぐに成果は出ません。当社は3年間の取り組みで中級はまだ9人程度です。効率は高くありませんが、将来のために愚直に進めていく計画です。
――貴重なお話、ありがとうございました。フォーラムでのご講演も楽しみにしています。