クオリティフォーラム2020

登壇者インタビュー

マツダのモノ造り~モノ造りの志と挑戦~

マツダ㈱ 常務執行役員の川上英範氏に聞く


川上 英範 氏

マツダ㈱
常務執行役員 グローバル品質担当

1983年マツダ㈱入社、本社工場第2機械製造部に配属。
その後、パワートレイン製造部長、車両製造部長、防府工場副工場長を経て、執行役員マツダパワートレインマニファクチャリングタイランド社長兼CEOに就任。
その後、執行役員 防府工場長を経て、2019年 常務執行役員 グローバル品質担当に就任(現在に至る)。

1.「モノ造り革新」に込められた意気込み

――「ものづくり」や「モノづくり」でなく「モノ造り」と表記されるのはなぜですか。
川上:お客様の期待を超える商品を開発し、その提供価値を高めるというマツダの思いを訴えたいからです。
後で詳しくお話しますが、マツダにはクルマ造りに関わるすべての部門が一気通貫でお客様に選んでいただける商品を提供する使命があります。その強い意気込みを表すために片仮名と漢字の組み合わせを採用しました。
その背景には2007年に発表した「サステイナブル“Zoom-Zoom”宣言」があります。マツダがトップ企業と同等以上の量産効果を得るためには従来の「改善」レベルではなく、クルマの構造を見直し、造り方も革新していかなければなりません。そのために始まったのが「モノ造り革新」でした。
――トップ企業との差を少しでも縮めるための手立てでもあったわけですね。
川上:当時のマツダの生産規模は年間約120万台です。当たり前の話ですが、1000万台以上を生産、販売するトップ企業と同じことをしていたのでは太刀打ちできない。業界の競争に勝ち残ることもできません。
そこで「世界のベンチマークになるような革新的なベース技術を搭載したクルマを開発、販売するための挑戦」が始まりました。

2.「走る歓び」にあふれた商品を効率的に

――改めて「モノ造り革新」とはどのような考え方なのですか。
川上:端的に言えば「走る歓び」にあふれた商品を「効率よく造る」ことです。それはマツダの基本的な商品開発戦略でもあります。そのために、マツダは2つの大きな軸を掲げて臨むことにしました。
お客様により多くの価値ある商品を提供する軸と、リーズナブルに造る軸です。前者は「商品競争力を高める多様性」、後者は「ボリューム効率を高める共通性」と言い換えることもできます。
2つの軸は本来、相反するものなんです。「モノ造り革新」の狙いはまさに、この2軸を高次元で両立させることにありました。
――確かに、前者は「多品種少量」、後者は「少品種多量」を目指す取り組みですね。
川上:そうなんです。ですから、2つの軸のトレードオフを打破する必要があったんです。
さまざまな商品を開発、生産しながら、あたかも単独車種を造っているかのようなスケールメリットを生み出すためにはどうすればよいか。
それを考える際のブレークスルーにおける1軸目のポイントは「一括企画」と「コモンアーキテクチャー(基本骨格)構想」、2軸目のポイントは「フレキシブルライン構想」でした。

3.車種開発で定めた固定領域と変動領域

――2つの軸のポイントとして掲げられたそれぞれの要点は。
川上:一括企画はクルマ造りに関わる社内の開発、生産、購買とサプライヤーが一体となって、将来を見通した商品や技術について議論することです。その上で、互いの立場を超えて同じ価値観で協議し、具体的な活動プランを練る。対象は全車種です。
従来のクルマ造りでは車種ごとに開発し、開発と生産がそれぞれに追求した思いを互いにぶつけて合意形成していました。
それに対し、一括企画では、マツダが本当に目指すべき商品や技術とは何かを関係者間で議論します。それを踏まえて、今後導入するモデル共通の形状や構造を「固定領域」、車種やモデルによって変わるべきものを「変動領域」と定めました。
――1軸の2つ目のポイントであるコモンアーキテクチャー構想はどういう考え方ですか。
川上:単純に言えば、一つの基本コンセプトを全車種で共通化する取り組みです。一つの商品の機能を追求して車種別に開発するのではなく、すべての車種で展開できるようにする考え方と言い換えることもできます。
コモンアーキテクチャ―構想は単なる規格統一ではありません。時代や車種に左右されず、普遍的に最適といえる理想構造をカタチにしたものといえるでしょう。結果的に単独車種生産に近いスケールメリットを生み出すことができました。

4.取り入れざるを得なかった混流生産


――2軸目に掲げられたフレキシブル生産構想は変種変量を想定されたものですか。
川上:その通りです。コモンアーキテクチャーが「理想構造」を追求していたのに対し、フレキシブル生産は「理想工程」に狙いを定めています。目指しているのは、バッファによる仕掛りや品質不良による停滞がなく、クルマが順序通りに流れる姿です。いわば、計画順序生産ですね。
生産計画の順序通りに生産すれば、すべてのクルマに最高の品質を造り込むラインを実現することができます。サプライヤーから生産ラインまでの流れが同期すれば、お客様に新鮮で高品質な車をお届けすることもできます。そのための生産方式なんです。
――要するに、マツダ版の混流生産方式ですね。
川上:はい。マツダの生産方式は基本的に混流を前提としています。コンパクトカーもセダンもSUVもステーションワゴンもスポーツカーも同じラインを流れます。ボディータイプの違いだけでなく、エンジンタイプやミッション、駆動方式の異なるものを流すことも可能です。
混流生産を円滑に進めるための仕組み、例えば車体の幅や長さの違いに応じられる搬送器具や自前のフレキシブル治具なども以前から持っていたので、どんな車種であっても造り方がぶれない。
世の中の時流に応じて混流生産を取り入れたのではなく、そうせざるを得なかったというのが実情です。

5.部門と部門を隔てる壁を取り払う

――モノ造り革新を実践していく上で苦労されたのはどんなことですか。
川上:誤解を恐れずに言えば、部門間に立ちはだかる壁の存在でした。これをどう取り払うかに心を砕きました。そこで、関連する部門の人たちに声をかけ、気持ちが一つになるように努めました。
例えば、商品力のカギになるデザインを量産のクルマに落とし込んでいく際の取り組みです。昔は開発部門から受け取った図面を基にしていかに効率的に造っていくかという発想で物事が進められていました。
しかし、それでは、開発部門が思い描いたデザインを完璧に再現できないことがあります。そこで、開発と生産が一体となって、相互の思いを確認し、理解し、すり合わせるようにしました。
――開発、生産、購買、サプライヤーも巻き込んだ一括企画の考え方ですね。
川上:そうです。大切なのは、部門間を隔てる壁を取り払い、率直に意見を述べ合うことです。その成果が、お客様に喜ばれる価値のある商品の提供につながるからです。
このため、私の属する生産部門でも早い段階でデザインを見ることができるようになりました。開発の機密に触れるので、以前ならNGだったことです。
実際、この手法を最初に取り入れたMazda3の開発時にはデザイナーを中心に、開発の人と腹を割って話し合いました。その過程で、マツダが本当に目指すべき商品は何か、技術とは何か、それがなぜできないかといったことをディスカッションしました。
そういう考え方が当たり前になると、一昔前に比べて会社の雰囲気も変わります。その結果、開発部門が意図したデザイン意匠をコンセプトカーばかりでなく、量産モデルでも忠実に再現することができました。

6.一気通貫で取り組んだ開発・量産準備

――モノ造り革新のキーワードである一気通貫にはどのように臨みましたか。
川上:大切な言葉なので繰り返しますが、モノ造り革新を導入した狙いは「走る歓び」にあふれた商品を「効率よく造る」ことにあります。そのための具体的な手法が一気通貫による開発・量産準備です。
以前は開発、生産、購買(取引先)、物流、品質など、関わる部門がそれぞれにゴールを目指していたので、創造的な仕事ができる半面、相当のムダも生まれていました。そこで取り入れたのが一気通貫の取り組みです。
目指すのは、部門ごとに目標追求するのではなく、全体最適視点から共通の目標を設定し、その実現に向けて関連部門が一体となることでした。
――一気通貫の仕組みを取り入れたことで開発・量産準備はどう変わりましたか。
川上:図式的に表すと、以前は、それぞれの部門ごとの山が同じ高さで横に連なっていました。その頂のはるか上にマツダのコーポレーションビジョンが輝いているのですが、頂とビジョンの間には隔たりがあります。両者の間には視界を遮(さえぎ)る雲が浮かんでいることもあります。
一気通貫では個々の山でなく、全体が一つの大きな山を形作ります。開発から品質に至るいくつかの部門は構成要素としてその中に分け隔てなく組み込まれています。要するに、共通の価値観の下で一体感を保っているわけです。全体最適や脱タコ壺化も図れるので、仕事の進め方を変革することにもなります。
5つの山が合わさり、高さも増すので、頂とビジョンは直結します。これにより、従来の開発・量産準備プロセスでは避けられなかったさまざまな手戻りは解消。
MBD(Model Base Development)を使った一気通貫プロセスでは、設計段階で現物の作成前にデジタル(CAE/DPA)による事前検証ができるため、パイロット段階で確認だけすればよいことになりました。

7.景色が映り込む美しいボディを実現


――一気通貫の取り組みは商品としてのクルマの品質をどのように高めていますか。
川上:それぞれの要素ごとに、さまざまな成果を上げています。近年評価されているデザインや走りの良さ、燃費効率の向上、フルランダムの生産体制。いずれも、各部門が一体化して事に当たる一気通貫の具体例です。
このうち、車体に関わる品質づくりでは光と影のリフレクション(反射)による動きの表現をデザインに取り込みました。光源テキスチャーの一種であるゼブラのような反射を実現したいというデザイナーの思いを取り入れたものです。
デザインをCAEで確認し、金型に起こし、実車で検証する。それは面の連続性を実現することです。面の連続性の品質が良ければ景色も美しく映り込みます。
――確かに、走りではなく造り込みを訴えるCMが何種類も流されていますね。
川上:はい。モノ造り革新の分かりやすい実例だと思います。デザイン面を忠実に再現するためにはボディ各部の隙や段差、面を造り込む必要があるからです。
この辺の加減は微妙で、旧型Mazda3の場合、映り込みの良い部位はドア端面の巻込み量の起伏差が0.2ミリです。蛍光灯が白い直線として映り込みます。しかし、0.4ミリを超えると線がずれて見えるので美しくありません。
モデラ―の志である「面の連続性」を製造現場が「面の抑揚」として金型で再現する。それをマツダでは魂動デザインと呼んでいます。

8.わずか0.5ミリで変わる、面の連続性

――「面の連続性の実現」はモノ造り革新の非常に分かりやすい例ですね。
川上:面の連続性はマツダがお客様に提供したい大切な価値の一つです。その一環として新型MAZDA3の量産に向けた目標設定でも実践しています。
先ほど触れたドア端面の巻込み量の起伏差でいうと、旧型Mazda3の数値を「匠の技」で修正、検証し、映り込みのOK確認をした上で導いた目標値は0.2㎜以下です。この数値が景色を映り込ませる美しいボディの鍵です。
――面の連続性は「途切れなく流れる光と影」と文学的に表現されていますが。
川上:社内で「プレミアム隙」と呼ぶ、部品と部品の隙も面の連続性を実現するために進化しています。例えば、バンパーとボンネット、フェンダーとドア、フェンダーとトランクといった部位の隙は現行のMazda3が3.5ミリであるのに対し、新型MAZDA3では3.0ミリ。このわずか0.5ミリで印象が変わるんです。

9.同じ品質と価値のクルマを世界で生産

――モノ造り革新は海外における生産性の向上にどう関わっていますか。
川上:マツダ車の販売地域は130カ国以上に及びます。生産体制はグローバルで、11の生産拠点を設けています。このうち、国内の広島と防府、メキシコで車両の一貫生産とユニット工場を、タイと中国で車両一貫生産工場を展開しています。
国内生産比率は68%で、販売の86%が海外です。このように海外販売比率が高いので、国内の生産体制をそのまま海外拠点でも展開しています。ですからモノ造り革新の取り組みもグローバルです。
――国内の生産手法を海外で同様に展開するためにどのような方策で臨んでいますか。
川上:一つの大きなチームとしてグループの総合力を訴えていくことです。そのためには日本と同じレベルの高い品質を持つ車両をグローバルに供給できる体制を整えなければなりません。
大切なのは設備やシステムばかりでなく、それを運用するオペレーターのレベルをグローバルに揃えることです。そこで、毎年、百数十人規模で本社工場や防府工場に招いてトレーニングしています。自分たちの工場と同じ工程で学ぶので世界中で同じ品質と価値をもつクルマを造ることができるんです。

10.内燃機関搭載車への電動化技術に照準

――これまでの活動を踏まえて見えてきた課題や今後の展望をお示しください。
川上:CASE(コネクティッド、自動化、シェアリング、電動化)という言葉に象徴されるように、近年の技術革新の進化を受けて、クルマの概念が大きく変わろうとしています。
このうち、電動化の領域では内燃機関搭載車への電動化技術が進む結果、2030年に内燃機関と電動化技術によるクルマの比率が95%になるという予測もあります。
――クルマが電化製品になる。

川上:大げさでなく、そういう時代になるということです。電動化が進めば、電気のサブシステムがたくさんぶら下がります。その意味でクルマはソフトウェアの塊になります。それに伴うプログラムのバグや通信トラブルへの対策は急務でしょうね。
となると、これまでのクルマのように、工学部や機械科の出身者だけでなく、電気や電子、プログラミングなどを修めた人たちの力が必要になると思います。
だからこそ、クルマとしての商品価値を上げるために、開発、生産、購買、品質といったクルマ造りに携わる部門が手を携えて知恵を絞らねばならないと思います。