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クオリティフォーラム2023 登壇者インタビュー

米澤 昭一氏

ニチアスにおけ「品質向上のしくみづくり」
Quality Risk Management(QRM活動)の取り組み

不正の原因を「人」にもっていかない、
不正が起こるのはルールに原因がある

ニチアス株式会社 顧問 米澤 昭一氏に聞く

米澤 昭一氏
ニチアス株式会社 顧問
1957年11月、長野県生まれ。1982年3月近畿大学理工学部卒業。1989年2月ニチアス入社。2007年11月同社工業製品事業本部無機断熱材事業部長、2008年3月同社工業製品事業本部高機能製品事業部長。2009年6月同社執行役員、2010年3月同社高機能製品事業本部長、2011年5月同社研究開発本部長、2012年6月同社取締役に就任。2019年6月品質・安全・環境担当役員、2023年6月、同社顧問。趣味は1960年代の米国のアンティーク収集で、座右の銘は七転八起。

1. 大きな変革期が来ている

――いろいろなところで、不正の事件がニュースになりました。
米澤(敬称略):企業の寿命は30年と言われていますが、歴史のある会社は、いろんな開発やビジネスモデルをその時代にあったことで創造して成功し、これまでの歴史を築いたという経緯があります。
当社も1896年に保温断熱分野のパイオニアとして創業し、126年後の現在まで、あらゆる分野に「断つ・保つ」の技術・サービスを提供してきた100年企業です。それゆえTQMは、かなり層が厚い部分で構築されてきています。
――製造業で創業126年というのは、凄いことです。
米澤:100年企業といわれる会社は、いろんな危機を乗り越えたから100年を超えている。その経験、歴史は非常に貴重なものですが、社会が大きく変化し、いろいろなルールも品質保証制度も、社会の風潮や色々な変化の中に適合してきたから今があると思います。
特に今は、コンプライアンスの問題があります。昭和の世代が会社に入った時期、飲みの席では先輩から、お酌の手ほどきから教えてもらった。ところがお酌は、今ではすでに非常識。それなのに、企業にいる上の世代には、過去の常識を払拭できない人もおられます。
――成功体験があるだけに、変えるのは大変かもしれません。
米澤:私の若い頃は、先輩に言われたら嫌なことも受け入れていました。ところが、自分が指導する立場に立った時、「過去の経験があるから今がある。だから教えてやろう」と上から目線で若手に強要したら、今のルールには適用していないわけです。
これと同じようなことが、品質の分野でも出てきています。TQMのルールそのものは、おそらく大きくは変わっていない。でもTQMを運営する人が変わったことを、上の世代は理解しなければなりません。そこを勘違いしている人もいると思います。
――なんだか、目に浮かびそうです。
米澤:日本の有名企業でも、これまでの信頼を品質問題で落としてしまい、業績や株価へも大きく影響したという記事はよく見かけます。
当社も大きな色々な危機と向き合い、学びをみつけて糧にしてきました。その対応は今も進行中ですが、一番大事なのは「歴史から何が悪かったのかを明確にすること」だと思っています。
今の世の中に合致するため、過去の古き習わしを良かれと思う気持ちも、ときには払拭しなければいけません。いろいろな学びがありました。たとえば、会社が大きな危機を迎えた時、直接的な原因だけをみてしまうと、同じことが何回も起きる可能性があります。
――起きた原因は、直接的なものだけではなかった。
米澤:直接的に見える問題に対してある程度、原因を突き詰めて解決策を打ってきましたが、勘違いしている社内の風潮が問題であり、どうすれば防げるかを検討するなかでわかってきたことも少なからずあります。
世の中で良く起きている事件については第三者委員会を設置して原因と対策を検討していますが、でも、第三者委員会は直接的な原因と、その原因を裏付ける対策、今後どうするかというレポートを作る。ある意味、株主ないしは世間を納得させる資料を会社からの依頼を受け作成している事例が多くあり、再発して困っている企業も多くありますね?
――外部の人間が、社内の原因を掘り下げるのは難しいかもしれません。
米澤:本来、問題が起きているのは現場です。現場の人たちが、なぜ、そのようにせざるを得なかったかのかというところまでは、第三者委員会の人たちは解明しきれていない。時間的にも難しい。これは自浄作用をもって、会社が浄化していくべき問題です。
具体的にとらえると、問題があった案件のすべての要因を抽出することが第一に必要です。そのとき起きた事件だけをピンポイントで取り上げるだけでは、おそらく何も変わりません。会社全体、すべての部署、グループを対象に取り組むべきです。
事件は、たまたま起きた箇所が表に出ただけで、火種はあちこちに散らばっています。そこを取り上げ、全員で要因を潰していくことが必要だと思います。

2. 不正の原因を「人」にもっていかない

――不正の火種は、つまるところ、どこにあるのでしょうか。
米澤:品質のことで考えてみましょう。10回に1回はミスが起きるのと、1万回に1回の割合でミスが起きるのは、確率が違います。1万回に1回は、すごくいい成績ですが、10回に1回の場合は、起きていること自体が問題だと思う現場が、本来の姿です。
どうやっても10回に1回は失敗する、どうやっても直せない、そういうところに「不正の温床」が現れます。要は、現場の人たちの「なぜ起きてしまったのか」という部分を、どう改善してあげるか。そこがポイントです。
――なるほど、問題の起きた現場で考えるのですね。
米澤:現場をみるとともに、会社全体を大きな視野で俯瞰することが必要です。システムが充実して複雑な仕組みになると、過ちを犯しやすくなると私は思っています。何か起きてしまったら、そこにルールを追加していくでしょう。ルールが複雑になると、そもそも何をやるためのルールなのかが現場の人に理解できなくなってきます。ここが陥りやすい話です。
「こういうことを起こしたから、今後はこのようにルールを付け加えた」という根本にある「ルールブックに全部書いてあるから何も起きないはず」という考えは大きな間違いで、逆です。現場が守ることができないルールを作ってしまったのではないかと考えます。一番大事なところは、何が重要な項目か、そこを現場に立って、見直さなければいけないということです。
――現場をしばるルールの、どんな点が問題なのでしょうか。
米澤:複雑になると、誰も行動できません。ルールを単純化すれば、現場でルールを守れるようになる。なぜルールが守れないかではなく、守れないルールを作るから破綻するのです。守れないルールや守れない仕事、これを見直すことです。
10回に1回ミスがあるのは、進め方に何か問題があります。極端な話、そのような仕事はなくす方向で進めなければなりません。10回に1回も不具合が起きてしまう仕事を続けるのは、大きな間違いです。
――確かに。無理があることが問題なのですね。
米澤:営業としては、10回に1回も不具合がでる製品でも、売上になるから製造を続けてほしい。でも、現場での不具合を解消できないのであれば、お客さまには勇気を持って「これはできません」と伝えるのが、営業本来の仕事です。できないものを、無理やり、現場に押し付ける。現場の人間を、逃げようがないところまで追い詰めておきながら「何とかしてくれ、頼むよ」という話は、よく聞きます。大体、こういう話から問題が起きる。これは仕組み作り、組織作りの問題です。
――現場の人というより、組織そのものの課題。
米澤:その通りです。問題を起こしたら、その問題が大きくなればなるほど組織全体を考えなければなりません。ところが、何かあると「子会社で起きた」という話をよく聞きます。大手には、子会社が何十社もあります。そこで起きている根本を見直さず、「子会社で起きたことだ」と、モグラ叩きをするんです。
これは大きな間違いです。問題があれば、すべての要因を「自分ごと」に置き換えるとともに、全社に伝える動きが作れるかどうか、そこが問われています。
――現場でモグラたたきをしても、解決はしない。
米澤:よく不具合の原因として「見落としがあった」と言います。この「見落とし」という言葉は、危険です。見落としは、人がやることです。何かの数値を見落としたり、兆候を見落としたりすると、それをミスと称しています。ところが、人がミスを起こしてしまうのは、そこに何らかの本質的な原因があったから。そこを正せば、品質も変わっていくと思います。

3. 不正が起こるのはルールに原因がある

――不正の原因は、どうしたら見えてくるのでしょうか。
米澤:あるメーカーで「検査不正」がありました。製品の最終検査をして出荷しないといけないのですが、検査をしないで出荷していたのです。ただ、その製品は最終検査をしていないだけで、不良かというと不良ではない。自社のルールによる検査してないという不正はあっても、出荷するまでに厳密な工程検査をやっているから、不良品ではない。しかし、それは客先から強要されたルールではなく、自分たちが決めたルールです。それを守らなかった。「世間を欺いた」ということで、マスコミから叩かれます。
――不正が起こるのは、ルールのほうに問題がある?
米澤:問題にしたいのは「守れないルール」です。自分たちでルールを作ったわけですが、検査員も足りていないし、満足できる組織もない。それなのになぜ、世間に向けて「自分たちは厳密なルールで品質管理をしています」と言い切ってしまうのか。現場では「とても手が足りない。そこまではできない」と感じているかもしれません。
ですから、そのルールは現場が「守れるルール」なんですかと常に問わなければならない。各企業は営利団体ですから、利益がないと食べていけません。だから無理をする。
――無理をさせないためには、どうしたらいいのでしょうか。
米澤:少し小さい話かもしれませんが、一つの製品で不具合が起きると、検査をしていたポイントで、不良を見逃さないように「ダブルチェックします」という話になる。
それでも、また何年か先に不具合が起きると「ダブルチェックまでやって、なんで不具合が出た」などと言われます。すると「全数チェックしましょう」となります。一回に何万個も製造する製品を全数、一生懸命、みんなチェックする。そのうち1万個という数量が増えて十万個になる。それでも全数をやろうとすると、どうなりますか。
――それは……できるわけないですね。
米澤:はい。守れないルールを自ら作り上げてしまう。歴史ある会社も、そういう危険性がある。ここが大きな間違い。
――確かに、ルールを変えるのも難しそうです。
米澤:ルールを変えられるのは、戦略や仕組みを考える経営者です。ただ、経営者は自分たちの強烈な成功体験があるので、仕組みを変えられるかが問われます。
いつも思うのは、自分たちの経験の下、今の空気の流れを肌で感じて変革を起こすのが経営者の役割。そうでないと長くは続かない。自分たちの経験を生かして、今の世の中の流れの空気を汲んだ人たちが、ルールの見直しを語るんであれば、組織は変わるはずです。

4. 歴史に学び、新たなルールを作る

――現場が重要なのですね。
米澤:原因を作るのは現場を知らない人という思いがわいてきました。現場で何が起きているか、それが問題なんです。
市場が変化して、1万個出荷していたものが100個しか出荷しなくなった。そのような製品も、同じように品質の管理をする。品質の人は「ルールの通りやらなきゃいけない」という。誰もがおかしいと思っているが、そこにメスを入れずにほっておくから、いろんなところで「それは少量だから検査しなくていいんじゃないか」という話が出てきてしまいます。
――ルールを見直さないことが、企業のリスクになってしまう。
米澤:当社には品質リスクヘッジ、QRMという活動があります。QRMとはクオリティ・リスク・マネージメント。要は、出来上がったルールに対してリスクヘッジするために既存の仕組みをどう見直したらいいかを考えています。
当社の製品は、トンボという商標を使い、トンボ番号というナンバーで管理しています。このトンボナンバーは1000番からスタートして、種類でみると5000種類くらいあったんです。
――もの凄い数。その管理も大変ですね。
米澤:はい。そこで5000種類を5年間で2500まで絞りました。残った2500種類をみると、売上の上位1000種類で全体の90%を占めていました。逆にみると、残りの1500種類はあまり売上や利益に直結してない製品ということになります。これも同様の品質管理をしなければなりません。市場の変化でニーズがしぼんでいく製品は、誰かが製造を止めなければなりません。製品がなくなれば、管理も必要ないしリスクもないんです。
現場に無理をさせて少量の売上げを守る。これをなくすことがQRMの活動の中身です。
――製品をなくす決断が求められる。
米澤:これまで製造してきた製品をなくすには、営業、工場、技術、経営と、会社全体を理解していないとできません。工場は、作れと言われたら作らなければいけません。でも、そんなものはなくせばいい。じゃあ、誰がその旗を振るのか。
――やはり、経営者でしょうか。
米澤:そうなりますが、経営者は現場には出ませんし、品質の専門家ではないことも少なくない。ふつう、品質のメンバーは「この製品は品質を維持できないから製造を中止したい」などと旗を振ることはできません。しかし当社では、品質のメンバーに旗を振らせた。それはなぜか、品質のリスクヘッジのためです。
――これまで続いてきたルールを変えるのは、難しそうです。
米澤:当社にも、品質について厳しいルールがあります。製品は4段階あるDR(Design Review)の仕組みの中で、審査委員会を通らないと市場に出せません。さらに3年に1回、必ず品質の監査がある。
厳密なルールは、全部ある。ただ、全部ができますか。歴史のある会社であればあるほど、製品数はたくさんある。それを厳密に管理するには、もの凄い人数が必要。とてもこなせないとわかっていながら、出来上がっているルールを継続するところも問題です。
――品質に係るルールも、たくさんありそうです。
米澤:メーカーは、最先端の製品開発と営業を一気にやらなければなりません。その中で一番ネックとなるのは「品質」です。半導体市場向けの製品は、とんでもない品質の中で動いている。この辺を含めて、どこにリスクがあるか、その仕組みを、実はDRの他に「ステージステップ」と呼んで、開発に別の仕組みを作りました。
ステージステップは1から4まであります。研究開発のスタッフは、自分の研究が世の中に認められた技術を追いかけます。でも市場は、技術とは独立して動いている。それなのにマッチングを考えずに、研究は進められていきます。
――市場とのマッチングの仕組みを作られたのですか。
米澤:はい。ステージごとに世の中の市場とマッチングするかどうか、ステージゲートを作って判断します。ステージ2くらいまでいって、マッチングしないでそのギャップを乗り越えない場合には、ここでやめると決断するんです。
目線を市場と自分の研究に合わせながら、世の中にマッチングするかどうかを判断していく。それまで研究所で自分の仕事だけをみていたスタッフが、必死で世の中の流れを勉強し、市場とマッチングしながら成果を報告します。その時点で「これ以上進めてもダメ。やめよう」と経営者が決断することもあります。

5. これまでの習慣を見直す

――過去の、しみついた習慣を変えるには、どうしたらいいのでしょう。
米澤:組織の体質を変える施策について、今も続けている施策をご紹介しましょう。少しメッセージ性のあるものをやらなきゃいけないなと思って、今から10年ほど前、役職で呼び合うことをやめました。役職はどんどん変わっていきます。課長が部長になり、事業部長になるけれど「だから何なの」っていう話です。
――大手企業で、それを徹底するのは苦労しそうです。
米澤:そうですね。よく「俺を誰だと思ってんだ」と言います。飲みの席で、かつて「部長に向かって何て口の利き方する」と言われました。その「部長は何なの」ってこと。仕事をやる上で目的があって、方針が合っていたら、役職は関係ないはずです。
ここを理解していない管理職が、要するに「俺を誰だと思っている」という言葉を使いたがる。それを廃止し、私たちは全員「さんづけ」にしました。女性も男性も、社長も含めて役職者もすべて「さんづけ」です。
――社長も「さんづけ」なんですか。
米澤:もちろんです。これが始まって社長が3代ほど変わっていますが、全員「さんづけ」でした。これはメールでも同じです。もちろん外部へのメールは違いますが、内部のメールはすべて「さんづけ」です。それが当たり前で、会社はここが大事なんです。
課長は管理する人、部長も管理する人、要は責任者です。責任者は責任を取るのが当たり前のことです。昔よく聞いた話ですけど「俺の顔に泥を塗ったな」とか「俺の立場をどうしてくれる」と言い出すと、この話になります。
――習慣を変える方法として、他にどんなことをされたのでしょう。
米澤:社長も含めて、取締役を個室から大部屋に移しました。大部屋では、密室での話がない。何か問題が起きたことが部屋の中でオープンです。全員経営者ですから、秘密じみたこと、派閥じみたこと一切なくす試みです。全員オープン部屋で、仕事についてはすべてオープンにする。これは、やろうと思っても、なかなかできなかった。私たちは、ステータスとして個室が欲しいと思う。でも、そのステータスは自己満足です。
当社も、それまでは各地に工場長室、支社長室がありましたが、全部なくしました。大体、オープンで話ができないことは、悪いことです。仕事で内緒の話は、ありえない。企業秘密は別として、せめて社内で「この話は絶対ダメ」ということを戒めたんです。
――その施策は、きっと若いZ世代も共感するものですね。
米澤:そうですね。私が営業もやり、事業もやり、研究もやって品質まで来た。一気通貫を経験したからこそ、この話ができるんです。品質のメンバーには「やめる話はできない」ではなく「リスクがあるんだからやめなきゃ」と思ってほしい。
きっと今の世の中の不正を起こしている会社で、品質不正って言われる会社で一番まずいのは、品質の部署が一番力を持ってないこと。そういった会社の品質部門はどう思っているかというと、「それ見たことか」と思っているかもしれません。「俺らの言うことを聞いてくれてたら、こんなこと起きないのに」と思っているかもしれません。
品質に耳を傾ける経営者が、どれほどいるのか。ここなんです。ここが、本当にちゃんとできるかどうかで、これからの世の中の企業として存在する価値が生まれるんです。品質モラルに関して、理解できる人を経営者に立てないのか、または、経営者をサポートできる人を横につけないのか。
――確かに、経営者としての器というか、目線が低すぎます。
米澤:営業だった私は「製品開発をしてくれないから売れない」と言っていたわけですが、研究所に行くと反対の立場になる。研究所には頭が良くて仕事ができる連中が多いと気付く。会社として、その人財を使えないのはなぜか、現地に行くとわかるんです。
反対側から見ると、営業の悪さも見えてくる。この両方を見たことで、事業部に異動したとき、私は品質保証の厳しい分野の高機能製品(半導体関連部品部門)を立ち上げることが出来ました。その部署が今、会社を支えています。それは、この経験があったからできたことだと思います
――とても勉強になりました。ありがとうございました。