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クオリティフォーラム2023 登壇者インタビュー

デザイン思考と顧客価値の創造

コニカミノルタ株式会社
デザインセンター デザイン戦略部
デザインイノベーショングループ
グループリーダー
神谷 泰史氏に聞く

山田 昌也氏
神谷 泰史氏
コニカミノルタ株式会社
デザインセンター デザイン戦略部
デザインイノベーショングループ
グループリーダー
楽器メーカーで商品企画、新規事業開発、新規事業提案制度設計などの新規事業創出支援の仕組みづくりに従事した。
Copenhagen Institute of Interaction Design(CIID)修了後、UXデザインコンサルティングを経て、コニカミノルタ株式会社に入社。デザイン思考の浸透を牽引する。また、新価値創出スタジオenvisioning studioを組織し、手法開発や共創プラットフォーム構築を行うことで、社内外共創による新価値創造を推進している。
現在、TAKT PROJECT株式会社兼業のほか、情報科学芸術大学院大学博士後期課程に在籍し、クリエイティブによるイノベーションマネジメントの研究を行う。

1. デザイン思考の基本図

――まず、デザイン思考をスタートしたいきさつについてお聞かせください。
神谷(敬称略):弊社はBtoB企業であり、一般的に顔のない企業を相手にしていると思われがちですが、企業の中でも特にサービスを実際に利用するプロフェッショナルである人に着目して価値の提供を行っています。さらにいえば、プロフェッショナルであるお客様の向こうには、最終顧客となるお客さまもおられます。その対象とする人が何を求めているのか、何に困っているのかというところを起点として価値創造を行う必要があります。そのような背景からデザイン思考が導入されています。
当社は、2017年からデザイン思考の取り組みを始めていますが、そこには当時のトップがデザイン思考を全社導入しようという強力な後押しがあり、デザインセンターが責任部門となったところからスタートしています。昨年度までで1000名以上が教育プログラムを受けました。
――コニカミノルタのデザイン思考の特長を教えてください。
神谷:当社では「ダブルダイヤモンド」というデザインプロセスをベースとして体系化した「コニカミノルタデザイン思考」を使っています。これは「共感」から始まる8個のステップで構成されているものです。デザイン思考は基本的に、人を起点とする考え方で、対象とする人の課題を発見するところが入口になって、その課題を解決するソリューション、アイデアを創造し、それをプロトタイプして検証するプロセスを繰り返していく一連の流れを指しています。
――デザイン思考という名前で、いろいろな企業がいろいろな表現で説明しています。
神谷:そうですね。一般的にウェブなどで「デザイン思考」を検索すると、様々な図がでてきます。例えば定番の図として5つのステップが描いてあるものがあります。それを順番にやればいいと勘違いされる方もおられますが、実際は、そういうものではありません。実際には、人を起点として課題を発見し、その課題に基づいてソリューションを定義するためにステップを行ったり来たりするのですが、こういった図はそれを実行する際のガイドとして機能します。
■価値創造のフレームワーク
※サービスを使っていただくお客様の体験と、サービスを提供する側の体験の両方を思い描きながら、Deep Diving とCreative Dancing の2つを行き来して価値を創造します。

2. ダブルダイヤモンドのプロセス

――では、ダブルダイヤモンドのプロセス図について教えてください。
神谷:ダブルダイヤモンドモデルは、2つのダイヤモンド(菱形)から構成されるデザインプロセスで、英国のデザインカウンシルが定義したものです。弊社のデザイン思考では、これをベースとして構成した、コニカミノルタデザイン思考を体系化しています。
この図では左から右に時間が進んでいきます。ダブルダイヤモンドをつぶさに見ていただくと、左側のダイヤはDeep Divingといい、アイコンも段階的にどんどん深く下がっていくイメージになっています。
ここはお客さまへの共感をもとに真の課題を定義するフェーズ。あわせて困難な状況でもぶれることなく、関係者を巻き込みながらプロジェクトを推し進めるため、自分たちが心から取り組みたいと思えるビジョンを定めます。
――なるほど。そういうことでいえば、右側のダイヤは「円」になっています。
神谷:はい。くるくる回っていくイメージです。定義した課題に対して、ものを正しく設計するフェーズとして説明されているもので、Creative Dancingと呼んでいます。定義した課題をもとにアイデアを着想し、試行錯誤しながら価値を磨き上げる。生み出したアイデアを、お客様を主人公としたストーリーとして表現することで、サービスを通してお客様自身の体験がどう変わるのかを、イメージしやすくお伝えします。
――とても興味深いですね。ダンシングは、どんなイメージなんでしょう。
神谷:一つは楽しむというイメージ。お客様のことを考えソリューションアイデアを構想するのは一番の醍醐味でもあるので、チームとして苦難を越えるためにも自分たち自身がワクワクして楽しんでやりましょうという意味が含まれています。開発の現場では、悩んで悩んで、やっと作って出すみたいなことってよくあると思うんです。ただ、それだとスピード感が鈍り、お客さまの速度に合わない。それで完成レベルになる前に、ラフに作って、ラフに出すことを推奨しています。そこはダンスの軽やかさ、わくわくどきどきしながら、ものづくりを楽しむ気持ちです。
――Deep Diving とCreative Dancingがつながっているところも重要そうですね。
神谷:メーカーでは、左のダイヤをやらないケースは多いんです。つまり社内で開発した技術を使って、その技術で面白いものを作ってやろうと左のダイヤは特に吟味せず、右のダイヤから始めてしまうと、うまくいかないケースがでてきます。
逆に、左のダイヤだけを進めるケースもあります。課題は特定できているので、右のダイヤで考えたアイデアを検証しないまま「これがお客さんに刺さる」と思い込んで提案してしまう。これも、うまくいかないことが多いでしょう。そういう教訓もあって、ダブルダイヤモンドでは両方のプロセスを、しっかりとやることになります。

3. 発散と収束を繰り返す

――ダブルダイヤモンドの図には、よくみると、いろいろな意味がありそうです。
神谷:ここには詳しく記してありませんが、確かにいろいろな意味をもたせています。まず、デザイン思考の特長として、ダイヤモンドが広がって縮まる形になっています。つまり左から右に進むとしたら、ダイヤの形が拡がってから、縮まる。すなわち「発散と収束」を表現しています。それぞれ発散、収束、発散、収束を繰り返していく。
左のダイヤは正しい課題を設定することが目的ですが、課題を設定する際、営業の方がお客さまの声を聞いて「これが課題だ」と特定してしまうことがあります。ただ、それは大抵、正しい課題になっていないということが多いものです。
そこで、もう少し広くお客さんの様子を観察したり、より深くインタビューをした上で、たくさん情報を得る。その上で、それらの情報を統合したときに見えてくるインサイトをもとに、改めて何が課題なのかを考えましょう、それが発散と収束ということの一例です。デザイン思考には、5つのステップで進めるやり方もあれば、ダイヤが3つあるバージョン、さらにダイヤが無限に続くモデルもあります。しかし、この発散と収束を行うのがデザイン思考のキモです。極論になりますが、それさえ守っていれば、私は、どんなやり方でもデザイン思考の成果がでると思っています。
――図には描かれていませんが、それぞれのダイヤにはステップがあるのですね。差し支えのない程度で、教えてください。
神谷:コニカミノルタデザイン思考のフレームの「Deep Diving」では「共感」「洞察」「ビジョン」「課題定義」というステップがあり、「Creative Dancing」では「アイディエーション」「プロトタイピング」「ストーリーテリング」「テスティング」というステップがあります。弊社のデザイン思考で特徴的なステップは、左のダイヤモンドでは「ビジョン」であり、右のダイヤでは「ストーリーテリング」となります。

4. ビジョンとストーリーの展開

――それでは、とくに「ビジョン」についてお聞かせください。
神谷:「ビジョン」は、ありたい姿を示しています。別に「ビジョン」がなくても課題が見つけられれば解決はできるのですが、課題だけ示されても、お客さまは「やろう」というモチベーションになりにくいのです。ありたい姿、こういうふうにしていきたいというビジョンに対し「一緒に解決していきましょう」という状態を作ることが、関わるステークホルダーの多いBtoB事業では特に大事になります。
ビジョンはお客さまに対しても重要ですが、社内の同じプロジェクトのチームメンバーにとっても大切なもので、ビジョンがあることでブレずに進めます。ビジョンがないと、それぞれ「私はこれが課題だと思う」となり、好きなことを言ってしまう。ビジョンという明確な目的があると、お客様のこういう成長に寄与するんだということが定まります。チームビルディングという意味でも、ビジョンっていうのは非常に重要な要素になっています。
――ストーリーテリングについては、いかがでしょう。
神谷:ストーリーテリングですが、課題に対して「こういうふうにすればお客さまのビジネスの課題は解決できます」と提案しただけだと、お客さんピンとこない。それをストーリーとして、提供する価値によって、お客さまが、どういう風に変わっていくのかをビジュアルとシナリオによって説明していくことになります。
具体的には漫画みたいなビジュアルにしたり、写真やイラストなどを使ってストーリーの文脈に沿って並べ、そこに短い解説やポイントをつけていくなど、いろいろなやり方をしています。映像にすることもあります。紙芝居的なイメージで、映像の絵コンテみたいなにラフに描く場合もあれば、結構しっかりイラストにしてご提案するというケースもあります。その手間をかけることで皆さん、自分ごとになる。ストーリーで「私の仕事がこうなるのか」という状況がイメージできるわけですから、理解度も違います。一緒にやっていこうというモチベーションにもつながると思っています。

5. 顧客エンゲージメント

――その他、デザイン思考を特長づけるものはありませんか。
神谷:デザイン思考は、そもそも人の課題を見つけて解決していくことです。直接的に最終顧客に価値提供するBtoCのビジネスモデルであれば、一般的なデザイン思考を忠実に運用していけば、実際に価値は伝えられます。けれども弊社のようなBtoB企業の場合、直接的な顧客の向こうに、最終顧客がいる。企業のお客さんも、ソリューションの受益者となるプロフェッショナルだけじゃありません。
例えば、印刷会社がお客さまとして、そのタスクを実行する技術者だけではなく、契約するのはオーナー様なので、その人にとっての価値をどう示していくかが重要です。プロがもとめていた価値と、オーナー様が求めていた価値が異なることもあるでしょう。BtoBでは、いろいろなステークホルダーを見ていかなければなりません。そういう事業特性に合わせたデザイン思考を定義しないと、そもそも社内に浸透するのは難しいのです。
――自社の特性に合ったデザイン思考が求められるのですね。
神谷:はい。弊社は長いことBtoBの事業をやっていて、一番主軸となるのがデジタルワークプレイス事業で、複合機を中心としたモノとサービスの事業を展開しているんですが、全世界で200万社もの顧客基盤があります。それらのお客さまは、いずれも「買って終わり」ではなく、基本的には長年にわたってサービスを提供していく関係性になっています。そこで、コニカミノルタデザイン思考の3つ目の特徴「顧客エンゲージメント」があります。
サービス導入時、お客さまが契約した時点で感じていた課題と、5年後、10年後にお客さまが感じている課題は違ってくるはず。お客さまも、事業のフェーズが変わっていく。単純に言えば、お客さまの会社が大きくなっているかもしれないし、もしかしたら事業を転換しているかもしれません。
ですから、お客さまの変化に対しても、ちゃんと価値を提供し続けられますか、というのが私たちの課題です。それに応えられるように、ちゃんとお客さまの変容に合わせ、ステージに合わせた価値を提供できるようにデザイン思考を利用していきましょう、それが顧客エンゲージメントという部分になります。
――なるほど、確かにBtoC企業とは違う気がします。
神谷:最初だけ価値提供してあとは何もやらない、ということだと顧客エンゲージメント下がってきます。キープするためには、3年後、5年後の変化に対して新たな価値を提案する、というようなことが必要になります。この仕組みをデザイン思考に組み込んでいます。

6. コニカミノルタデザイン思考の社内浸透をめざして

――冒頭で、すでに1000人がデザイン思考の教育を受けたとお話されました。
神谷:教育は「e-learning」「ベーシック」「アドバンス」3段階あります。「e-learning」と「ベーシック」の研修は、参加したい人が自分で手を上げる方式で受けつけています。「アドバンス」は、部門長や役員が「この人を部門の中のデザイン思考のリーダーにしたい」という方を指名し、研修を受けてもらう形。みなさん、期待されて研修を受けるわけですが、実際に、現場に戻ると、うまくいかないケースもでてきます。
――それはまた、難しい課題ですね。
神谷:研修で実践に近い形でデザイン思考を学んでも、実際に部門に戻ると一人で仕事をするわけではなく、プロジェクトチームの中でデザイン思考の実践を提案することになります。そのとき「なぜデザイン思考のプロセスでやる必要があるのか」と聞かれて、うまく説明できないこともあります。
実際にデザイン思考でプロジェクトを進めようとすれば、今までとは違うやり方になるので、どうしても一時的に効率が落ちてしまうところがあります。そうすると、経験が浅い状況では自分自身も本当に成果がでるのか確証が持てないので、強く勧められないこともあるでしょう。とくにオペレーションの定型が決まっている業務では、すでに現時点で効率化が進んでいる業務なので、デザイン思考導入の障壁は高くなります。
我々デザインセンターで推奨しているのは、まずは定型業務ではなく、新規事業開発や、既存業務でも改善が求められているような、足元を見直さなければいけないプロジェクトで、トライしてみることです。まずは、小さく実行して、成果を実感してもらってから、大きなプロジェクトに使ってもらうのが導入のポイントだと考えています。
――それはいいですね。とても参考になります。
神谷:また、解決策の一つとしてコニカミノルタデザイン思考のツールを作り展開しています。例えば、プロジェクトの課題を定義したいときに、課題の定義に必要な要素をブレイクダウンした「これ埋めれば一旦できます」というフレームワークをワークシートとして用意しています。研修の中でも、このシートを使って教育することで、実際の現場に立ったときに「研修で使ったあのシートが使えるな」というカタチに持ち込めます。
このツールは2022年度の新入社員研修から活用されていて好評です。「面白そう」「使ってみよう」という、最も重要な最初の入口をクリアするものになっているなと思います。目指す体験や利用場面から常に逆算しながら開発できたのは大きなポイントでした。
――ビジュアルのイラストがシンプルでステキです。
神谷:ありがとうございます。もう一つは仲間づくりで、コニカミノルタデザイン思考の研修受講者向けの社内コミュニティを作りました。そこで事例を共有したり、わからないことがあった時に「これどうやればいいと思いますか」とお互いに聞き合うことができます。
もちろん、デザインセンター側に問い合わせてもいいのですが、その前に、気軽にコミュニティで相談し合えるようにしています。その結果、実践の壁にぶつかった社員からコミュニティ経由で来る質問も結構あり、そういった件のサポートを通してコミュニティ全体で知見の共有を促進しています。
――社内に公開されたもので、参考になりそうな事例があれば教えてください。
神谷:事業提案をする担当者が、お客さまの企業に行って現場観察を実施した事例です。最初はお客さまも長期の現場観察を嫌がっていたそうです。けれども、その方は、お客さまの会社に毎朝行って夕方まで観察することを2週間も続けました。徹底的に観察をやったそうです。
お客さまが困っていることを、ただ聞くだけだと答えが出てこない。とくに現場に近ければ近いほど、そこで働く方たちは日々同じ作業をしているので、ちょっと困ったことがあっても、慣れてしまったり自分で解決してしまったりすることがあります。ですから困っていることを聞いても、本質的な課題が出てこないことがあります。ところが、話を聞いた工程では特に問題はなくても、現場でなんとか工夫して困りごとを解決する作業によって大きく時間をロスしたり、品質の低下を招いたりなどした結果として、工程全体での効率が低下しているという別の課題が存在することもあります。そのような課題は、観察を通して見いだされることが多いです。
――確かに、ただ、お客さまの懐に入りつづけるのも、大変でしょう。
神谷:この事例でとても良かったのは、ダブルダイヤモンドの右側で、定義した課題を解決するアイデアを作り「こういうふうにするといいのでは」と、毎日のようにソリューションを提案していたことです。そして、もらったフィードバックを踏まえて、翌日には別のアイデアを提案する、というようなことを続けたからこそ、最初は難色を示していた現場のみなさんも見る目が変わり、信頼感も出てきたそうです。
――2週間もお客さまに張り付いたのは凄い。感動的です。
神谷:正直な話、現場は数日間は行ってみないと本当のところはわかりません。1日だけだと特殊ケースかもしれない。それを積み重ねて本質的な課題を発見したり、お客さまと関係性を作ることは、結構難しかったりするのですが、この事例では担当者の熱意が強かったのだと思います。
――最後に、デザイン思考を導入してよかったことについて、ひとこと、お願いします。
神谷:多くの製造業と同様に、弊社においてもかつてはモノ中心の思考がありました。コニカミノルタデザイン思考の浸透を通じて、年々、顧客にとっての価値を第一に考えられる社員が増えてきたように感じています。コニカミノルタデザイン思考のツールも有効に活用し、より顧客にとっての価値を生み出せる企業にしていきたいと考えています。
コニカミノルタデザイン思考では、プロセスの中にある「ビジョン」を特に重視していますが、ここでいうビジョンは、自身が関わる事業の売上だけが上がれば良いというものではなく、事業を通して社会のありたい姿を描くことが大事だと考えています。引き続き、社会に開いた価値をどう生み出していけるのか、社内・社外のみなさんと一緒に考えながらデザイン思考の推進活動をしていきたいと思います。
――とてもわかりやすい説明、ありがとうございました。
【コニカミノルタデザイン思考のツール】